【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑯より発展的に BIMを活用するための今後の課題(連載)

国土交通省では、令和元年より官民一体でBIMを推進する取り組みをスタートさせており、「建築BIM推進会議」を開催し、議論を進めています。「建築BIM推進会議」について詳しくまとめた記事は、こちらをご覧ください。

ここでは、注目の「令和3年度 BIMモデル事業」の具体事例を連載にて紹介していきます。株式会社奥村組の事例を基に、BIMのメリットや課題分析データなどをまとめていきますのでBIM事例の内容についてぜひ参考にしてみてください。

他の連載記事はこちら

第一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐①改修工事用のEIRとBEP策定(連載)

第二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐②課題A 改修工事用EIR(連載)

第三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐③課題A 改修工事用BEP(連載)

第四回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐④課題A 設備専門工事会社用の維持管理BIM仕様書(連載)

第五回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑤課題A EIR・BEP今後の課題(連載)

第六回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑥課題B 維持管理BIMシステムによる長期修繕計画について(連載)

第七回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑦課題B モデル活用・連携方法についての分析結果(連載)

第八回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑧課題B 長期修繕計画立案とモデル連携についての考察(連載)

第九回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑨課題C 分類定義カスタマイズと自動分類の結果(連載)

第十回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑩課題C モデル入力の検証結果と課題(連載)

第十一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑪課題C 保全項目のデータマイニングと単価比較(連載)

第十二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑫課題C FM連携テンプレートの活用と課題、未反映オブジェクトについて(連載)

第十三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑬課題D NearlyZEB のセンサー情報BIM連携(連載)

第十四回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑭検証A 維持管理BIMシステムを用いて行う維持管理業務量(連載)

第十五回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑮検証B 改修工事における設計・施工業務時間の削減(連載)

概要

ここでは、プロジェクト全体の概要や対象となる建築物、事業の目的等についてご紹介します。

プロジェクト概要

奥村組技術研究所内の管理棟、室内環境実験棟における維持管理業務プロセスを検証します。これらの施設は改修工事・新築工事が完了しているため、それぞれ維持管理 BIM モデルを構築します。その上でこのモデルを用いて実際の施設運営の情報を蓄積し、検証をおこなうこととします。

2 棟の施設については、BIM モデルと連携する⾧期修繕計画システム、施設台帳管理システムを構築しました。技術研究所は、これらのシステムを用いて自ら施設管理者として運用し、「専門職ではない担当者」がおこなう維持管理業務における課題の検証を通して発注者メリットを抽出します。

検証をおこなうプロセスは、国土交通省『建築分野における BIM の標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン』の標準ワークフローのパターン②を参考にし、改修工事に特化したワークフローとして新たなパターン⑥(案)を作成しました。

検証は、維持管理 BIM フェーズにおいて実際の増改築工事や設備機器の増設等をおこないながら進めます。技術研究所が発注者として、建築設計部門・施工部門に関わり EIRBEP の整備を通じてBIM ワークフローを検証していきます。

建築物の用途・規模・構造種別、所在地、新築/増改築/維持管理等の区分等

奥村組技術研究所

●所在地  :茨城県つくば市
●敷地面積 :23,580.25 ㎡
●開設   :1985 年
●特徴   :耐震実験棟、材料実験棟、音響実験棟,管理棟、室内環境実験棟、
       倉庫棟、多目的実験棟、陸上養殖実験棟の実験施設を備える

茨城県つくば市にある技術研究所は、日本初の実用免震ビル「管理棟」や各種実験をおこなう施設として新築した「室内環境実験棟」、その他複数の実験施設から構成される研究所です。

主な研究開発テーマとして、「免震のパイオニア」としてあり続けるための技術の研鑽や応用技術の開発、ICTロボットCIM、BIM の活用による工事の急速化・省力化や管理業務の効率化など生産性を向上させる技術の開発、およびバリアフリー化や省エネルギー化・低炭素化などの環境負荷低減を実現する技術の開発が挙げられます。令和 2 年春には技術研究所内の大規模リニューアル工事が完了しました。

調査対象(1)管理棟

  • 竣工   :1986 年
  • 改修竣工 :2020 年 1 月
  • 用途   :事務所
  • 階数   :地上 4 階 PH1 階
  • 延床面積 :1,330.10 ㎡
  • 構造種別 :RC 造(日本初の実用免震ビル)

「管理棟」はオフィスビルであるとともに、免震機能を⾧期観察する実証施設としての役割もあります。たとえば「建物そのものを人工的に揺らす」自由振動実験をおこなうための設備を備えており、免震技術の実証施設として35年以上にわたり様々なデータを蓄積しています。

また、日本初の実用免震ビルである管理棟は内装を全て撤去するスケルトンインフィル化を実施した後、NearlyZEB化を含めた改修工事を実施し、NearlyZEB の認証を取得し一般社団法人環境共創イニシアチブが公募する ZEBリーディング・オーナーに認定登録されています。

当施設は供用していて、維持管理段階にあり、ZEBの運用段階における省エネルギー効果や、快適性やウェルネスなどに寄与する技術の検証をおこなっています。     

調査対象(2)室内環境実験棟

  • 竣工   :2020 年 5 月
  • 用途   :実験施設
  • 階数   :地上 2 階
  • 延床面積 :978.86 ㎡
  • 構造種別 :RC・S 造

室内環境実験棟は、温熱・気流・音環境に関する実験をおこなうことを目的としているため、断続的に施設の改修・更新を続けながら室内環境実験をおこなっています。

快適な空間づくりには、人の感覚に影響を与える、温度、湿度、気流、光、音などを適切に制御する必要があります。当施設は3つの実験室を備え、建物の省エネルギー性や室内の快適性、ウェルネスに関わる様々な要素や、近年ニーズが高まっている室内環境関連の技術を総合的に検証することができます。

プロジェクトで目指すもの

目的

(1)竣工 BIM モデル構築に必要な EIR・BEP の整備とマイニングルール制定
(2)リバースエンジニアリングによる維持管理 BIM モデル構築手法の確立
(3)技術実験と実行を同時におこなう維持管理 BIM モデル構築とシミュレーション
(4)ライフサイクルコンサルティング業務の確立と資産価値の向上
(5)維持管理 BIM システムと NearlyZEB 環境センサーの連携とトータル LCC 算出

解決する課題

(1)EIR・BEP の仕様とコストイメージ
(2)維持管理業務を維持管理BIMシステムでおこなう場合の労務量
(3)実際の維持管理業務における問題点や日常業務での運用課題
(4)ライフサイクルコンサルティング業務における維持管理BIMシステム構築支援方法
(5)維持管理 BIM システムにおけるランニングコスト情報の不足

得られる成果

(1)発注者としての EIR、施工者としての BEP の試案
(2)維持管理業務を維持管理 BIM でおこなう場合の労務削減量
(3)技術実験と連動した維持管理 BIM モデルと維持管理業務の実行結果
(4)ライフサイクルコンサルティング業務結果報告と建物資産価値の評価
(5)点検業務・ランニングコストを含めた維持管理 BIM によるトータル LCC 算出

分析する課題:より発展的に BIM を活用するための今後の課題

ここでは、「より発展的に BIM を活用するための今後の課題」についてご紹介していきます。

事業者として今後さらに検討・解決するべき課題 

本事業でおこなった検証により、たくさんの課題やテーマが生まれています。次年度以降は下記のようなテーマについて、引き続き検証を続ける予定となっています。発注者としての検証が可能であるため、必要に応じて費用も計上し検討をおこないます。

(1)FM-Integrationの拡充
FM-Integrationを技術研究所の保全業務実務者の日常業務において実際に活用し、課題の解決やカスタマイズをおこなう。 

(2)実際の⾧期修繕計画への活用
ランニングコストを維持管理BIMシステムに取り込み、長期修繕計画立案への応用を実務において実践する。

(3)センサー連携の拡充
管理棟に増設する量水器や地震計との連携など、ランニングコスト情報の取得を拡充する。

(4)マスターデータの活用
データマイニングにおいて構築した修繕・保全業務におけるマスター情報を活用し、実案件への適用やカスタマイズをおこなう。  

定量的な効果見込み 

効果検証のポイントと定量的な効果見込みについて、下記に示します。

効果検証のポイント定量的な効果見込み 
FM-Integration 拡充1年間程度日常業務において FM-Integrationを運用し効果の検証と課題抽出をおこなう維持管理業務量
15%削減  
維持管理実務における長期修繕計画立案と活用長期修繕計画の作成と     5~10年先の運用を見据えて実践し課題を抽出する 定性的な効果を期待
センサー連携の拡充 収集したランニングコストの分析により管理棟の維持管理における活用方法を探る 定性的な効果を期待
マスターデータの充実と活用 データマイニング情報、マスターデータを他物件へ展開し、維持管理BIM作成を実践する維持管理BIM作成業務10%削減  

今後の課題検討に向けたロードマップ  

     室内環境実験棟においては、床衝撃音実験室など次年度においても継続的に改修工事が予定されています。実験スケジュールに合わせ、維持管理BIMシステムとBIMモデル活用を実践しデータを蓄積していく予定です。 

室内環境実験棟の実験スケジュール 

今後の課題解決に向けたロードマップ 

建築 BIM 推進会議・関係部会への提案

本事業を実施して得られた成果をもとに建築 BIM 推進部会、関係部会で検討してほしい課題を示します。

No.部会分類提言する課題
1建築BIM推進部会 ワークフローリニューアルやリノベーション工事の需要増に合わせて改修工事におけるワークフローについて 
2建築BIM推進部会 基準策定SDGs推進、脱炭素社会への貢献のためのBIMモデルにおける共通データの扱い方について研究
3建築BIM推進部会 情報発信発注者が維持管理BIMシステムやデータマイニングについての知見を持つための情報発信 
4建築BIM推進部会+
④BIMによる積算の標準化検討部会 
基準制定BELCA基準を基にした標準的な修繕・保守
マイニングルールの制定  
5建築BIM推進部会+
②BIMモデルの形状と属性情報の
標準化検討部会  
考察維持管理ソフトウェア間のデータ互換性についての考察  
6建築BIM推進部会+
②BIMモデルの形状と属性情報の
標準化検討部会
基準制定IFCプロパティへの維持管理 BIM属性定義についての意見交換(改修年属性等を維持管理ソフトウェアへ渡す等) 
7建築BIM推進部会+
⑤BIMの情報共有基盤の整備検討部会 
考察
意見交換
維持管理BIMモデル用データについて、専門工事会社連携の視点からの考察や検討。(特に設備機器のメーカー部品属性についてのデータ共有)  

ガイドライン見直しに向けた提言(案) 

本事業を実施して得られた成果をもとにガイドライン見直しに向けた提言を示します。

No.章・節本文提言理由
12章 BIMの標準ワークフローについて
2-1 基本的な考え方
11維持管理BIMは設計BIMモデルをベースとし、施工段階で確定していく、維持管理・運用で必要な情報(設備施工情報等)を、施工者から順次提供を受け、設計BIMに入力すること が必要である。 設備モデルでは、設計 BIMモデルを修正しても情報を入力する必要がない場合がある。専門工事会社が入力する方が適している場合がある。  今回は維持管理 BIMの設備モデルに関しては設備専門工事会社が施工段階で一から作成したモデルを利用した。弊社の設備設計BIMと設備専門工 事会社とのBIM連携の体制がまだ確立されていないのが原因であるが、当面は維持管理BIM の設備モデルの作成は設備専門工事会社が施工段階で 一から作成したモデルを利用する方が効率良いと考えられる。  
22章 BIMの標準ワークフローについて
2-1.基本的な考え方
17 表 2- 2標準ワークフローにおける主な業務内容と考えられる担い手  維持管理システム作成者を追記する  ガイドラインの標準ワークフローの維持管理者は維持管理BIMを活用して効率的な維持管理を実施とあるが、維持管理BIMと連携した維持管理システムが発展途上の中、広く事業者へ普及するには維持管理BIMと維持管理システムのBIMの受渡し業務をおこなう必要がある。  
34 章 留意事項等4-1.業務区分(ステージ)の考え方89S5のたとえば維持管理BIM作成業務の一環としておこなう場合もあれば、S7の維持管理業務等で 4.その他 留意事項 等 4-1.業務区分(ステー ジ)の考え方 90 おこなう場合もあると考えられる。それぞれの案件の実態に応じて適切に役割分担することが重要である。S6:引き渡し段階でのBIM モデルの作成についても役割分担として維持管理システム作成者を明記する。 同上 維持管理BIMと連携した維持管理システムが発展途上の 中、広く事業者へ普及するには維持管理BIMと維持管理システムのBIM の受渡し業務をおこなう必要がある。 
41 章 はじめに1-4.用語の定義94BIMモデル:コンピュータ上に作成した主に3次元の形状情報 に加え、室等の名称・面積、材料・部材の仕様・性能、仕上げ等の建築物の属性情報を併せ持つ建築物情報モデルをいう。 BIMデータ:BIMBIM モデルに加え、BIMBIM 上での2Dによる加筆も含めた全体の情報をいう。BIMモデルと BIMデータの 両社の意味を併せ持つ維持管理BIM モデルについての定義が必要である。 (案) 維持管理BIMモデル:BIM モデルに維持管理に必要な情報を付加した建築物情報モデルをいう。改修年月などの属性情報をもつが、BIM モデルに必要な情報を 必ずしも持たない場合がある。  維持管理BIMモデルの定義をしておくことで、設計BIM モデル、施工BIM モデルとの違いが明確になり、また連携方法の検証にも役立つと考えら れる。
54 章 その他留意事項4-3.ライフサイク ルで管理するBIM94標準ワークフローのように、発注者は維持管理・運用時の活用を前提とした BIM の活用の全体像を企画段階で想定し、設計と施工段階で発注者として必要な情報を収集することで、 様々な情報をBIM によりライフサイクルを通じて一元管理す ることが可能になる。資産管理段階で活用する情報と設計と施工段階で収集する情報の違いの事例を示す。維持管理BIMで扱う情報のイメージを持ちにくいため。施工段階の詳細モデルを必要としない場合は多いが、維持管理情報として含まれる場合に は取得が必要である。

まとめ

このプロジェクトにおける課題分析や検証を通して、維持管理BIMとライフサイクルコンサルティング業務のありかたが見えてきました。これまでのBIM推進業務は、設計部門や施工部門の支援として生産性向上を目指してきましたが、今後はその延⾧線上にある発注者メリットを意識して取り組んでいきます。 

データマイニングを通じ、維持管理BIMはデータベース構築そのものであることをあらためて実感しました。ユニークIDをもつデータをどのように活かして人と人をつなげていくか、BIMはコミュニケーションツールであるという原点に立ち返ることもできました。

BIM関連ソフトウェアやXRデバイス、メタバースなど、様々なツール間でデータを連携し、目的に応じてカスタマイズしていくことが重要です。建物のライフサイクルを通してBIMモデルが使い続けられ、実建物のデジタルツインとしてその価値を現すことが期待されます。