【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑰BIM 発注者情報要件(EIR)、BIM 実行計画(BEP)の検証結果(連載)

国土交通省では、令和元年より官民一体でBIMを推進する取り組みをスタートさせており、「建築BIM推進会議」を開催し、議論を進めています。「建築BIM推進会議」について詳しくまとめた記事は、こちらをご覧ください。

ここでは、注目の「令和3年度 BIMモデル事業」の具体事例を連載にて紹介していきます。株式会社奥村組の事例を基に、BIMのメリットや課題分析データなどをまとめていきますのでBIM事例の内容についてぜひ参考にしてみてください。

他の連載記事はこちら

第一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐①改修工事用のEIRとBEP策定(連載)

第二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐②課題A 改修工事用EIR(連載)

第三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐③課題A 改修工事用BEP(連載)

第四回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐④課題A 設備専門工事会社用の維持管理BIM仕様書(連載)

第五回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑤課題A EIR・BEP今後の課題(連載)

第六回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑥課題B 維持管理BIMシステムによる長期修繕計画について(連載)

第七回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑦課題B モデル活用・連携方法についての分析結果(連載)

第八回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑧課題B 長期修繕計画立案とモデル連携についての考察(連載)

第九回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑨課題C 分類定義カスタマイズと自動分類の結果(連載)

第十回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑩課題C モデル入力の検証結果と課題(連載)

第十一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑪課題C 保全項目のデータマイニングと単価比較(連載)

第十二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑫課題C FM連携テンプレートの活用と課題、未反映オブジェクトについて(連載)

第十三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑬課題D NearlyZEB のセンサー情報BIM連携(連載)

第十四回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑭検証A 維持管理BIMシステムを用いて行う維持管理業務量(連載)

第十五回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑮検証B 改修工事における設計・施工業務時間の削減(連載)

第十六回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑯より発展的に BIMを活用するための今後の課題(連載)

概要

ここでは、プロジェクト全体の概要や対象となる建築物、事業の目的等についてご紹介します。

プロジェクト概要

奥村組技術研究所内の管理棟、室内環境実験棟における維持管理業務プロセスを検証します。これらの施設は改修工事・新築工事が完了しているため、それぞれ維持管理 BIM モデルを構築します。その上でこのモデルを用いて実際の施設運営の情報を蓄積し、検証をおこなうこととします。

2 棟の施設については、BIM モデルと連携する⾧期修繕計画システム、施設台帳管理システムを構築しました。技術研究所は、これらのシステムを用いて自ら施設管理者として運用し、「専門職ではない担当者」がおこなう維持管理業務における課題の検証を通して発注者メリットを抽出します。

検証をおこなうプロセスは、国土交通省『建築分野における BIM の標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン』の標準ワークフローのパターン②を参考にし、改修工事に特化したワークフローとして新たなパターン⑥(案)を作成しました。

検証は、維持管理 BIM フェーズにおいて実際の増改築工事や設備機器の増設等をおこないながら進めます。技術研究所が発注者として、建築設計部門・施工部門に関わり EIRBEP の整備を通じてBIM ワークフローを検証していきます。

建築物の用途・規模・構造種別、所在地、新築/増改築/維持管理等の区分等

奥村組技術研究所

●所在地  :茨城県つくば市
●敷地面積 :23,580.25 ㎡
●開設   :1985 年
●特徴   :耐震実験棟、材料実験棟、音響実験棟,管理棟、室内環境実験棟、
       倉庫棟、多目的実験棟、陸上養殖実験棟の実験施設を備える

茨城県つくば市にある技術研究所は、日本初の実用免震ビル「管理棟」や各種実験をおこなう施設として新築した「室内環境実験棟」、その他複数の実験施設から構成される研究所です。

主な研究開発テーマとして、「免震のパイオニア」としてあり続けるための技術の研鑽や応用技術の開発、ICTロボット、CIM、BIM の活用による工事の急速化・省力化や管理業務の効率化など生産性を向上させる技術の開発、およびバリアフリー化や省エネルギー化・低炭素化などの環境負荷低減を実現する技術の開発が挙げられます。令和 2 年春には技術研究所内の大規模リニューアル工事が完了しました。

調査対象(1)管理棟

  • 竣工   :1986 年
  • 改修竣工 :2020 年 1 月
  • 用途   :事務所
  • 階数   :地上 4 階 PH1 階
  • 延床面積 :1,330.10 ㎡
  • 構造種別 :RC 造(日本初の実用免震ビル)

「管理棟」はオフィスビルであるとともに、免震機能を⾧期観察する実証施設としての役割もあります。たとえば「建物そのものを人工的に揺らす」自由振動実験をおこなうための設備を備えており、免震技術の実証施設として35年以上にわたり様々なデータを蓄積しています。

また、日本初の実用免震ビルである管理棟は内装を全て撤去するスケルトンインフィル化を実施した後、NearlyZEB化を含めた改修工事を実施し、NearlyZEB の認証を取得し一般社団法人環境共創イニシアチブが公募する ZEBリーディング・オーナーに認定登録されています。

当施設は供用していて、維持管理段階にあり、ZEBの運用段階における省エネルギー効果や、快適性やウェルネスなどに寄与する技術の検証をおこなっています。     

調査対象(2)室内環境実験棟

  • 竣工   :2020 年 5 月
  • 用途   :実験施設
  • 階数   :地上 2 階
  • 延床面積 :978.86 ㎡
  • 構造種別 :RC・S 造

室内環境実験棟は、温熱・気流・音環境に関する実験をおこなうことを目的としているため、断続的に施設の改修・更新を続けながら室内環境実験をおこなっています。

快適な空間づくりには、人の感覚に影響を与える、温度、湿度、気流、光、音などを適切に制御する必要があります。当施設は3つの実験室を備え、建物の省エネルギー性や室内の快適性、ウェルネスに関わる様々な要素や、近年ニーズが高まっている室内環境関連の技術を総合的に検証することができます。

プロジェクトで目指すもの

目的

(1)竣工 BIM モデル構築に必要な EIR・BEP の整備とマイニングルール制定
(2)リバースエンジニアリングによる維持管理 BIM モデル構築手法の確立
(3)技術実験と実行を同時におこなう維持管理 BIM モデル構築とシミュレーション
(4)ライフサイクルコンサルティング業務の確立と資産価値の向上
(5)維持管理 BIM システムと NearlyZEB 環境センサーの連携とトータル LCC 算出

解決する課題

(1)EIR・BEP の仕様とコストイメージ
(2)維持管理業務を維持管理BIMシステムでおこなう場合の労務量
(3)実際の維持管理業務における問題点や日常業務での運用課題
(4)ライフサイクルコンサルティング業務における維持管理BIMシステム構築支援方法
(5)維持管理 BIM システムにおけるランニングコスト情報の不足

得られる成果

(1)発注者としての EIR、施工者としての BEP の試案
(2)維持管理業務を維持管理 BIM でおこなう場合の労務削減量
(3)技術実験と連動した維持管理 BIM モデルと維持管理業務の実行結果
(4)ライフサイクルコンサルティング業務結果報告と建物資産価値の評価
(5)点検業務・ランニングコストを含めた維持管理 BIM によるトータル LCC 算出

分析する課題:BIM発注者情報要件(EIR)、BIM実行計画(BEP)の検証結果

ここでは、「BIM発注者情報要件(EIR)、BIM実行計画(BEP)の検証結果」についてご紹介していきます。

改修工事用のEIR・BEPの策定

課題Aにおいて改修工事用のEIR・BEPの策定をおこなっています。 

考察と今後の課題

BIMガイドラインにEIR・BEPのひな型を提案するうえで、今回策定した改修工事用EIR・BEP の提示方法の考察をおこないました。 

(1)新築工事のEIR・BEPの補足・特記として提示 

BIMガイドラインに改修工事特有のEIR・BEPの項目を提示しますが、新築工事のEIR・BEPに補足・特記事項として提示する場合の項目は下記になります。

①改修工事 EIR 独自の項目  

改修用EIRから改修工事に関する項目を抽出しました。これらの項目を新築工事のEIRに補足・特記事項として添付することで運用できます。

EIRにおいて建築部位ごとの形状や情報を指定した「BIMモデルデータの作成内容」に関しては、各部位ごとの改修工事の特記事項を新築工事のEIRに提示し、改修工事のみで利用する運用方法で対応可能と考えます。  

②改修工事BEP独自の項目 

改修用BEPから改修工事に関する項目を抽出しました。これらの項目を新築工事のBEPに補足・特記事項として添付することで運用できます。

BEPにおいて建築部位ごとの形状や情報を指定した「BIM モデルデータの作成内容」に関しては、各部位ごとの改修工事の特記事項を新築工事のBEPに提示し、改修工事のみで利用する運用方法で対応可能と考えます。 

(2)改修工事のEIR・BEP単独で運用することを提示

BIMガイドラインに改修工事のEIR・BEPを単独で掲載するには、標準ワークフローに新たなパタ ーンが必要になります。パターン⑥として「改修工事の設計・施工・維持管理段階で連携しBIMを活用する」ガイドラインを考察しました。これはパターン②を基本にしています。本モデル事業の管理棟のリニューアル工事に適用することができます。

大規模な改修工事をおこなう場合は、既存BIMモデルの有無が維持管理BIM作成に影響します。既存BIMモデルがない場合は、現地調査や竣工図書をベースに既存モデルを作成する必要があります。それをベースとして設計BIM作成・活用のフェーズに移行します。

管理棟リニューアル工事においては、1986年竣工当初の手書きの図面などを参考に既存モデル・維持管理モデルの構築に多くの労力を要しています。発注者にとって新築時の維持管理BIMを所有することは、通常の維持管理業務はもちろん改修工事においてもメリットになることを本事業で示すことができました。 

また既存モデルがある場合は、設計段階で有効に活用するために、作成時点のモデリング・入力ルールや特記事項をセットで受け渡す必要があります。 

BIM ガイドラインにパターン⑥を提示することにより掲載するべき項目を下記にまとめました。

  1.  1. ライフサイクルコンサルティング業者が既存モデルの査定をおこなう

 竣工図面との整合、点群データの重ね合わせ、モデリング・入力ルールや特記事項の確認 

  1.  2. 既存モデルと改修モデルを区別するモデリング・入力ルールを共有する 

外部参照、グループ分け、レイヤ整理、プロパティ入力など

  1.  3. 既存モデルから改修モデルの変更箇所の管理 

改修によりオブジェクトが増える場合は問題ないが、撤去によりオブジェクトが削除される場合、オブジェクトの管理について課題がある

  1. 4.  改修設計段階でBIMを活用するメリットの例示

既存モデルを参照し、構造的、法規的に改修計画を行う際に注意すべき箇所を把握することができ、設計業務の効率化を図ることができる。

  1. 5.  改修施工段階でBIMを活用するメリットの例示

既存モデルを参照し、構造的、法規的に改修工事を行う際に注意すべき箇所を把握することができ、施工業務の効率化を図ることができる。改修工事中も建物を利用する案件では、建物利用者と円滑に工事内容を共有できる。

今後の課題

本事業では改修工事用EIR・BEP案の策定をおこなっていますが、これは発注者が維持管理BIM作成者に維持管理BIMを適切に作成してもらうための要件書です。維持管理BIMシステムを構築する検証を通して、維持管理BIMと維持管理システムを紐づけることに労力を要しました。 

ガイドラインのP17表2-2には標準ワークフローの担い手がまとめられていますが、担い手として維持管理BIMシステム作成者も必要と考えられます。

ガイドラインの標準ワークフローにおける維持管理者は維持管理BIMを活用して効率的な維持管理を実施するとありますが、維持管理BIMと連携した維持管理システムが成熟していない中で事業者へ展開するためには、維持管理BIMと維持管理システムのBIMデータ受渡しをさらに検証し、標準ワークフローにも記述する必要があると考えます。また、維持管理システム作成者に対する要件書を整備することも重要です。