【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑭検証A 維持管理BIMシステムを用いて行う維持管理業務量の削減(連載)
国土交通省では、令和元年より官民一体でBIMを推進する取り組みをスタートさせており、「建築BIM推進会議」を開催し、議論を進めています。「建築BIM推進会議」について詳しくまとめた記事は、こちらをご覧ください。
ここでは、注目の「令和3年度 BIMモデル事業」の具体事例を連載にて紹介していきます。株式会社奥村組の事例を基に、BIMのメリットや課題分析データなどをまとめていきますのでBIM事例の内容についてぜひ参考にしてみてください。
他の連載記事はこちら
第一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐①改修工事用のEIRとBEP策定(連載)
第二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐②課題A 改修工事用EIR(連載)
第三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐③課題A 改修工事用BEP(連載)
第四回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐④課題A 設備専門工事会社用の維持管理BIM仕様書(連載)
第五回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑤課題A EIR・BEP今後の課題(連載)
第六回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑥課題B 維持管理BIMシステムによる長期修繕計画について(連載)
第七回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑦課題B モデル活用・連携方法についての分析結果(連載)
第八回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑧課題B 長期修繕計画立案とモデル連携についての考察(連載)
第九回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑨課題C 分類定義カスタマイズと自動分類の結果(連載)
第十回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑩課題C モデル入力の検証結果と課題(連載)
第十一回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑪課題C 保全項目のデータマイニングと単価比較(連載)
第十二回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑫課題C FM連携テンプレートの活用と課題、未反映オブジェクトについて(連載)
第十三回:【BIM事例‐維持管理】奥村組‐⑬課題D NearlyZEB のセンサー情報BIM連携(連載)
概要
ここでは、プロジェクト全体の概要や対象となる建築物、事業の目的等についてご紹介します。
プロジェクト概要
奥村組技術研究所内の管理棟、室内環境実験棟における維持管理業務プロセスを検証します。これらの施設は改修工事・新築工事が完了しているため、それぞれ維持管理 BIM モデルを構築します。その上でこのモデルを用いて実際の施設運営の情報を蓄積し、検証をおこなうこととします。
2 棟の施設については、BIM モデルと連携する⾧期修繕計画システム、施設台帳管理システムを構築しました。技術研究所は、これらのシステムを用いて自ら施設管理者として運用し、「専門職ではない担当者」がおこなう維持管理業務における課題の検証を通して発注者メリットを抽出します。
検証をおこなうプロセスは、国土交通省『建築分野における BIM の標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン』の標準ワークフローのパターン②を参考にし、改修工事に特化したワークフローとして新たなパターン⑥(案)を作成しました。
検証は、維持管理 BIM フェーズにおいて実際の増改築工事や設備機器の増設等をおこないながら進めます。技術研究所が発注者として、建築設計部門・施工部門に関わり EIR・BEP の整備を通じてBIM ワークフローを検証していきます。
建築物の用途・規模・構造種別、所在地、新築/増改築/維持管理等の区分等
奥村組技術研究所
●所在地 :茨城県つくば市
●敷地面積 :23,580.25 ㎡
●開設 :1985 年
●特徴 :耐震実験棟、材料実験棟、音響実験棟,管理棟、室内環境実験棟、
倉庫棟、多目的実験棟、陸上養殖実験棟の実験施設を備える
茨城県つくば市にある技術研究所は、日本初の実用免震ビル「管理棟」や各種実験をおこなう施設として新築した「室内環境実験棟」、その他複数の実験施設から構成される研究所です。
主な研究開発テーマとして、「免震のパイオニア」としてあり続けるための技術の研鑽や応用技術の開発、ICT やロボット、CIM、BIM の活用による工事の急速化・省力化や管理業務の効率化など生産性を向上させる技術の開発、およびバリアフリー化や省エネルギー化・低炭素化などの環境負荷低減を実現する技術の開発が挙げられます。令和 2 年春には技術研究所内の大規模リニューアル工事が完了しました。
調査対象(1)管理棟
- 竣工 :1986 年
- 改修竣工 :2020 年 1 月
- 用途 :事務所
- 階数 :地上 4 階 PH1 階
- 延床面積 :1,330.10 ㎡
- 構造種別 :RC 造(日本初の実用免震ビル)
「管理棟」はオフィスビルであるとともに、免震機能を⾧期観察する実証施設としての役割もあります。たとえば「建物そのものを人工的に揺らす」自由振動実験をおこなうための設備を備えており、免震技術の実証施設として35年以上にわたり様々なデータを蓄積しています。
また、日本初の実用免震ビルである管理棟は内装を全て撤去するスケルトンインフィル化を実施した後、NearlyZEB化を含めた改修工事を実施し、NearlyZEB の認証を取得し一般社団法人環境共創イニシアチブが公募する ZEBリーディング・オーナーに認定登録されています。
当施設は供用していて、維持管理段階にあり、ZEBの運用段階における省エネルギー効果や、快適性やウェルネスなどに寄与する技術の検証をおこなっています。
調査対象(2)室内環境実験棟
- 竣工 :2020 年 5 月
- 用途 :実験施設
- 階数 :地上 2 階
- 延床面積 :978.86 ㎡
- 構造種別 :RC・S 造
室内環境実験棟は、温熱・気流・音環境に関する実験をおこなうことを目的としているため、断続的に施設の改修・更新を続けながら室内環境実験をおこなっています。
快適な空間づくりには、人の感覚に影響を与える、温度、湿度、気流、光、音などを適切に制御する必要があります。当施設は3つの実験室を備え、建物の省エネルギー性や室内の快適性、ウェルネスに関わる様々な要素や、近年ニーズが高まっている室内環境関連の技術を総合的に検証することができます。
プロジェクトで目指すもの
目的
(1)竣工 BIM モデル構築に必要な EIR・BEP の整備とマイニングルール制定
(2)リバースエンジニアリングによる維持管理 BIM モデル構築手法の確立
(3)技術実験と実行を同時におこなう維持管理 BIM モデル構築とシミュレーション
(4)ライフサイクルコンサルティング業務の確立と資産価値の向上
(5)維持管理 BIM システムと NearlyZEB 環境センサーの連携とトータル LCC 算出
解決する課題
(1)EIR・BEP の仕様とコストイメージ
(2)維持管理業務を維持管理BIMシステムでおこなう場合の労務量
(3)実際の維持管理業務における問題点や日常業務での運用課題
(4)ライフサイクルコンサルティング業務における維持管理BIMシステム構築支援方法
(5)維持管理 BIM システムにおけるランニングコスト情報の不足
得られる成果
(1)発注者としての EIR、施工者としての BEP の試案
(2)維持管理業務を維持管理 BIM でおこなう場合の労務削減量
(3)技術実験と連動した維持管理 BIM モデルと維持管理業務の実行結果
(4)ライフサイクルコンサルティング業務結果報告と建物資産価値の評価
(5)点検業務・ランニングコストを含めた維持管理 BIM によるトータル LCC 算出
分析する課題:検証A 維持管理BIMシステムを用いて行う維持管理業務量の削減
ここでは、検証A「維持管理 BIM システムを用いておこなう維持管理業務量の削減」についてご紹介していきます。
スケルトンインフィル改修工事を実施した築35年を越える管理棟と新築の実験棟において、発注者として維持管理業務をおこなっています。維持管理BIMを活用してできることのメリットを従来の方法と比較して検証します。
維持管理業務量を考察するための比較基準
(1)建物維持管理業務の実際
施設の維持管理業務は、職員が実施しているため、維持管理業務の専門職ではない者が実施できる、親しみやすい維持管理BIMシステムの構築を目指します。日常の維持管理業務を洗い出し、竣工図書のファイリングやエクセルなどを使っておこなう場合と、維持管理BIM システムを用いておこなう場合の業務量を比較し、メリットを検証します。
(2)従来業務とBIMシステムとの比較
従来の維持管理業務とBIMシステムを用いた場合では、維持管理業務量がどのくらい削減できるのか比較検証していきます。まずは、現状把握のため職員がおこなっている維持管理業務についてヒアリングを実施し、その結果を一覧にまとめました。給水設備の点検・定期検査・予算の策定など、時間を費やしている項目が洗い出されています。ヒアリング結果を以下の項目に分類し、比較検証していくこととします。
① 予算計上・点検・保守
② 修繕・補修
③ 保全業務
④ ⾧期修繕計画の立案
①②の保守・修繕については、従来業務とBIMシステムとの比較検証、③の保全業務については、職員がおこなうためFM-Integrationの点検システムを用いて検証、④の⾧期修繕については、エクセルを用いた社内システムとの比較検証をおこないます。
検証方法 | ||
① | 予算計上・点検・保守 | 従来業務と維持管理 BIM システムの作業時間を比較 |
② | 修繕・補修業務 | 従来業務と維持管理 BIM システムの作業時間を比較 |
③ | 保全業務 | FM-Integrationの点検システムにおける検証 |
④ | ⾧期修繕計画の立案 | エクセルを用いた社内システムとの比較 |
(3)検証する定量的な効果目標
維持管理BIMシステムを用いておこなう維持管理業務量削減
→維持管理業務時間の削減 5~10%
維持管理業務検証のテーマと検証方法
維持管理業務毎にヒアリングシートを作成し、現地調査と共に情報の整理をおこないました。その結果をもとに、維持管理BIMシステムへの反映と、実際の業務に適用する際の業務量の算出をおこないます。
(1)予算計上・点検・保守業務の抽出
技術研究所職員がおこなう予算計上・点検・保守業務について、ヒアリング調査、文献調査を実施しました。それらの業務はビルメンテナンス会社を使わずに当社自らがおこなっているため、相当量の業務が存在し、現業業務と並行しておこなっていることがわかりました。
(2)修繕・保全業務の抽出
修繕・補修業務についても、同様にアンケートやヒアリングから抽出しました。井戸ポンプの交換やエンジンドアの交換など、保全業務として予定されていた業務が発生しています。
(3)保全業務の検証
FM-Integrationを用いておこなう保全業務について、技術研究所職員と共に従来業務と比較しながら検証を実施しました。
(4)⾧期修繕計画の立案
エクセルを用いた従来型の⾧期修繕計画立案とFM-Integrationを用いた⾧期修繕計画立案について、業務時間と立案内容を比較検証します。
■従来型⾧期修繕計画
実行予算の内訳項目を⾧期修繕計画案の修繕工事項目に紐づけ作業が大部分を占めています。項目数が少なく、新たに係数や周期等を設定追加する必要があり手間を要します。竣工時の単価を反映させておいても、価格変動により将来使えない可能性も高くなります。
管理棟と実験棟における、⾧期修繕計画立案に要した業務時間を計上します。
■FM-Integration による⾧期修繕計画
同様に、BIM モデルから作成した維持管理BIMシステムを用いて作成する⾧期修繕計画立案に要した業務量を算定します(上図)。 BIMモデルからマイニングされたデータを用いるため、オブジェクトの種類が豊富で扱いやすくなっています。また、簡単に調整やシミュレーションをおこなうことができます。
但し、あらかじめ設備モデルの3D化、属性情報入力内容指示など、事前準備に要する業務量は多くなります。グループ化してメンテナンスされているオブジェクトが、モデル内で正しく認識されるか等の検証が必要となります。
検証結果
ヒアリングシートを集計した結果をまとめ、項目毎に業務時間を算出します。
(1)予算計上・点検・保守に関する業務時間
予算計上・点検・保守業務について、従来の業務とBIM活用(FM-Integration)による業務時間を比較して作業時間を計上しました。維持管理BIMシステムを用いた場合の維持管理業務量の削減効果は、13%と算出され、情報がすぐに取り出せるようになるなどある程度の効果は見られます。保守管理などの年間計画や、次におこなう作業などがFM-Integrationのダッシュボードに表示されるようになることが理想と言えます。また保守契約や点検報告書などの一括管理ができれば、さらに業務時間削減につながっていくと思われます。
(2)修繕・補修等に関する業務時間
従来の業務とBIM 活用(FM-Integration)の業務時間を比較した場合、削減効果は、13%と算出され、従来の紙ベースから書類資料をデータ化することにより、探し出す時間などの削減ができました。井戸ポンプの改修、外壁補修、蓄電池の新設など実際おこなった業務で比較すると、合意形成の場面で効果が感じられました。
今後は、突発的な修繕にもスムーズに対応するため、BIM モデルを構築する維持管理フローの策定や、予防保全にもつながる維持管理業務の構築が課題となります。
(3)保全に関する業務
職員がおこなう保全業務における、FM-Integrationの点検機能について検証をおこないます。 以下に、保全業務に関するFM-Integration機能の検証項目を示します。
■点検業務を立案、資料の抽出
■点検結果をFM-Integrationに記録
■BIMモデルへ反映
たとえば、自動ドアの点検業務について、QRコードを用いておこなう場合、作業者が実際の点検箇所に貼ってあるQRコードを読み取り、入力しBIMモデルに反映していくという流れになります。課題としては、PDFなどサポートされていないファイル形式があるため、変換の手間がかかることや点検業者からのアクセスができないことなどが挙げられます。
(4)⾧期修繕計画立案に関する業務時間
従来の長期修繕計画作成については、エクセルを用いた社内システムを使用しており、実行予算の内訳項目を長期修繕計画案の修繕項目に紐づける作業が大半を占めていることがわかります。また項目数が少なく、新たに係数や周期等を設定追加する作業に手間がかかることもわかります。
一方 FM-Integrationでは、BIMモデルから数量を抽出するため、マイニングルールを予め設定しておけば、圧倒的に業務作業を削減できます。維持管理BIMシステムによる業務削減率は、7%になりました。
まとめ
維持管理BIMシステムの活用により、情報の集約や数量の自動割り当てが可能となり一定の効果が感じられます。課題としては、EIR・BEPに反映していくべき項目である、設備モデルの3D化、属性情報の入力内容指示などを維持管理BIMモデル作製前に取り決めておくということが挙げられます。また、維持管理BIMシステムは運用しながら改善していくため、改修費用も発生することになります。加えてグループ化されているオブジェクトを、BIMモデル内で正しく認識するためにも、さらなる詳細な検証が必要になります。