東洋建設における生成AIを援用した組織内情報の見える化推進について|深堀り取材【毎月更新】

建築BIM加速化事業の進展を受けて、BIMやDX化への注目が集まるのと共に、その実施も本格化している。第39回は、東洋建設によるCDEを運用した設計施工一貫プロセスにおけるBIMデータの共有について解説します。

東洋建設では、クラウドプラットフォームによるCDE(共通データ環境)を運用し、設計施工一貫プロセスにおけるBIMデータの共有を実践、それらの過程で獲得した経験と知見に基づき生成AIを援用して、組織内部における情報流通とコミュニケーションの見える化を積極的に推進している。

本稿では、約10年に及ぶBIM援用の経過を俯瞰すると共に、生成AIの援用に見られる直近の動向について前田哲哉氏(建築事業本部設計部DXデザイングループ長)への取材に基づき報告する。

建築物は、多くの場合、受注による一品生産だ。建設業における生産拠点である施工現場は、テンポラリーで竣工すれば撤収されるし、建設プロジェクトは、長期に渡ると共に、参画するプレーヤーも、発注者を含むステークホルダーも可変であり、多様だ。建設業は、オリジナルなデジタルモデルを複製し、生産する製造業とは、決定的に異なる産業様式で、本来、情報のデジタル化には不向きでもある。そのため建設プロジェクトが稼働する期間、参画する多くのプレーヤー間をダイナミックに流通する各種情報を捉えることは困難であった。

東洋建設では、クラウドプラットフォームによるCDEを構築し、建設プロジェクト全般に渡り流通する各種情報をデータベース化、それらを生成AIによって捕捉することで、従来、困難であったダイナミックに流通する各種情報の見える化に成功している。

設計施工一貫BIMプロセスフロー


3次元建物データを設計から工事監理まで援用した屋根部分を膜構造とする小規模体育館

BIM前史において、3次元建物データを設計から工事監理段階まで援用した案件としては、2006年竣工の屋根部分を膜構造とする小規模体育館にまで遡る。企画・構想段階から3次元建物データを積極的に援用することで、第一義的に発注者との合意形成の質的向上を実現している。

設計段階では、当初から3次元CGパース・アニメーションによる協議、検討を行い、それらの成果に基づき、2次元図面(基本・実施設計図)に展開する手法を採用した。施工段階では、発注者との直接的かつリアルな空間検討、内外装仕上げ材の決定、サインのサイズと設置位置の検討、確定などに援用した。それらの経過を経て、設計施工のプロセスにおける合意形成と意思決定手段として3次元建物データの有効性を確認した。竣工までに作成した3時次元CG枚数は800枚を超えている。

膜構造部の鉄骨部材については、構造詳細設計向けBIMソフト「Tekla Structures」で3次元モデル化して施工に援用したが、その他についてはBIM モデルではない3次元サーフェイスデータで構築している。

屋根部分を膜構造とする小規模体育館(左:CG)(右:上棟時)



医療系工場施設で初めて設計と施工現場でBIMモデルを共有+施工BIM調整会議を開催

2014年10月には、クラウドプラットフォームによるBIMモデルの組織内共有を目指し、建設のワークフロー総体へのBIMの援用を開始した。2016年7月には、医療系工場施設の新築工事において初めて設計と施工現場とのBIMモデル共有を実施し、施工BIM調整会議に至るまで援用している。具体的には、建築、構造、設備の各BIMモデルを統合して計画建物を見える化し、プロジェクト関係者間で納まり具合を3次元空間的に理解することを主たる目的としていた。

この段階で、CDEとして当初導入したオートデスク社の「Autodesk A360」は、次バージョンの建設業向けプロジェクト管理のクラウドサービス「BIM360」へと遷移し、設計BIMモデルと専門工事会社などが作成する施工BIMモデルを統合、取り合い調整を行う施工BIM調整会議の運営も開始している。

2016年の導入から始まり2022年9月までには、BIM モデルベースの「BIM 360」による情報共有・連携プロジェクトは 100 を超え、専門工事会社、メーカー、設計事務所、発注者などの参加企業は 150 社を超えた。初期の3次元CGパース・アニメーションによる合意形成のプロセスが「BIM 360」でのリアルタイム連携による合意形成プロセスへと大きく進化した。

設計検証(左)・BIM調整会議(右)


「BIM 360」による取り合い調整でBIMモデルを更新+専門工事会社間のBIM調整会議も開催

「BIM 360」によって専門工事会社を含むプロジェクト参加者はリアルタイムで、BIMモデルを共有して作業連携できるようになった。施工段階では、施工を前提とした詳細なBIMモデルを生成する。特に納まりが厳しい箇所については、直前でのギリギリの取り合い調整となるため、他社のBIMモデルを取り込んで調整確認できるメリットは大きい。従来の2次元ベースの図面による取り合い調整と比較してBIM モデルによる取り合い調整の作業効率は格段に向上した。その際にはBIMソフトが異なってもIFC変換することで対応できる。

「BIM 360」による取り合い調整においては、BIMモデルの更新が常時、可能なのに対応して専門工事会社間のBIM調整会議も随時 行うことができる。そのため専門工事会社間のコミュニケーションが促進され、タイムリーに情報共有しようとする機運が高まるなど、※アジャイル型のBIM調整会議の実現を通して相互のスキル補完やレベルアップに繋がっている。
※アジャイル型: agile。アジャイルとは「俊敏な」の意味。変更が当然あるという前提にたって、当初から厳密な仕様・ルールなどは決めず、おおよその仕様・ルールによって反復する作業を開始し、小さな単位での実装とテスト実行を繰り返し、暫時、作業を進めていく手法。

施工統合BIMモデル

実施設計から取り合い調整を行い施工での納まり調整やルート変更などの手戻りを大幅削減

施工に関わるBIM調整会議は、本社のBIM マネージャーが主導して開催しているが、専門工事会社などを含むプロジェクトメンバー自らが主体的かつ反復的に取り合い調整を進められれば、単なるBIMモデル連携を超えた能動的な作業連携によってより高いレベルでの生産性向上に結び付く。

更に建築、構造、設備での取り合い調整を実施設計までフロントローディングし、実務レベルでプレコンストラクションするためには、専門工事会社やメーカー等が参加できるプロセスが不可欠となる。このように実施設計段階から取り合い調整を行うことによって施工段階での納まり調整やルート変更などの手戻り作業を大幅に削減することが可能となる。

BIM調整会議を積極的に活用することで、プロジェクトチーム内での問題検知が早くなり、その後の取り合い調整も円滑に行うことができるようになった。合わせて従来までは、専門工事会社の担当者が単独で行っていた取り合い確認や調整作業を、現場管理者、工事監理者、設計者、他の専門工事会社のメンバーと協働できるため、確認作業の工数低減、見落とし箇所の減少、ルート変更などの合意形成の迅速化が図られている。

BIM360のフォルダ構成


情報伝達からCDEの主要機能である指摘事項ワークフローへと移行し質疑応答を自在に検証

建築、構造、設備のBIMモデルを統合し、情報の見える化によってプロジェクト関係者間での合意形成を促進するCDEの援用範囲は、更に深化し、拡がりをみせていく。2019年4月からは、設計部主催の IDR(Informal Design Review)、DR(Design Review)、設計検証のワークフローにおいてペーパレス化を目指してCDEによる図面情報の共有を開始した。

図面情報の共有は、CDEに登録された設計図書に対してマークアップ+コメント形式で質疑、指示事項を記入する方法でスタートした。簡易的な方法であるため関係者間でも抵抗感なく受け入れられ、設計検証フローのペーパーレス化を実現、折からのCOVID‑19 対策として導入されたテレワークにもスムーズに対応することができた。

2020年には、図面へのマークアップ+コメント形式による情報伝達からCDEの主要機能である指摘事項ワークフローへと移行する。それによって指摘事項の履歴がテキスト情報として記録され、質疑応答のプロセスを自在に検証できると共に、人手に頼っていた議事録の作成が不要となった。
データベースとして記録、蓄積されたテキスト情報は、ダッシュボードによって見える化することで指摘内容の傾向を把握できる。蓄積されていくテキスト情報を自然言語処理AIなどによって分析・評価することで、これまで隠れていた課題や価値を浮き彫りにし、エビデンスに基づく課題解決や品質と顧客満足度の向上が可能となる。

※IDR(Informal Design Review): フォーマルデザインレビュー以前に内部で専門家や他部署のメンバーではなく、特定のチームや設計に関わる少人数で行われ会議。フォーマルデザインレビューとは、プロセスに関係する他部門の要員や専門家を集め、課題の洗い出しと対策の検討を行うための会議。

※DR(Design Review): 設計行為を見直すことで、品質やコストを確実なものとし、後工程へスムーズに移行できるようにするための仕組み。ISO9000シリーズやJISにおいて定義されている設計審査の意味。


指摘事項ワークフローによってスタティックではなくダイナミックな組織内情報を見える化

CDEの主要な機能である指摘事項ワークフローを中心に組織内部の情報流通とコミュニケーションの見える化について検証する。

「BIM 360」には、BIM モデルに付加した床・壁・天井などの建築モデル、構造・設備モデルなどの属性情報が蓄積される。それによって設計段階から維持管理段階に至るまでシームレスに情報連携できるが、一方で、それらの情報は、スタティック(静的)な情報であってダイナミック(動的)な情報ではない。

建設プロセスにおいては、時々刻々と変化する情報をリアルタイムで把握、共有、評価、分析するBIM プロセスマネージメントが重要となる。発注者が求める設計基準を満たしているか、手戻り工事をどれだけ減らせるか、工事品質をどれだけ向上できるかなどに直結する情報を見える化し、評価分析することによって的確な対策を早期に講じることができ、設計・施工の品質と生産効率を大幅に改善できる。

「BIM360」の主要な機能である指摘事項ワークフローを設計段階のデザインレビュープロセスに導入したのは2020年4月であった。これによって企画・基本・実施設計のマイルストーンごとの経過が見える化され、データベースとして記録され続けている。デジタルデータとして蓄積される指摘事項は、「図面表記」「計画」「構造」「設備」「法規」「品質・性能」などのカテゴリに分類、タグ付けされ、時系列にデジタル化された情報として記録されていく。これらの指摘事項ワークフローは、施工現場で運用される施工BIM調整会議のプロセスにも導入され、指摘事項のデジタル化とワークフローデータの蓄積が開始された。

指摘事項ワークフローによる組織内部の情報流通とコミュニケーションの見える化によって蓄積されたデータベースは、次なるダイナミックなプロセスマネージメントを実現するべく生成AIの積極的な援用へと結実していく。

業務区分(ステージ)とBIMデータ連携


参考資料:オートデスク社が推進するCDEの機能・名称の遷移(概要)

オートデスク社では、2011年9月に「Autodesk Cloud Documents」の名称でクラウドサービスの提供を開始した。「Autodesk Cloud Documents」は、ビューワとして機能するべく多様なファイル形式に対応、コラボレーション機能を強化するなどして2012年3月には「Autodesk A360」へと名称変更され、ファイルベースのストレージサービスからチーム設計を目的としたプロジェクトベースのストレージサービスへの転換と共に、2014年9月には「Autodesk A360」へと機能遷移している。

「Autodesk A360」は、2016年8月には、建設業向けプロジェクト管理のクラウドサービス「BIM360」へと進化し、図面や文書、BIMデータの共有や管理、設計コラボレーション、プロジェクトのステータス管理などが可能になった。なお2022年4月に「BIM360」は、「Autodesk Construction Cloud(ACC)」となり、CDEとして更なる進化を遂げている。


CDEの膨大なデータから必要な情報を検索・活用する統合検索プラットフォーム「TOYO AI ASSISTANT」

建設業界においても、ChatGPTに代表される生成AIの先駆的な活用が始まっている。生成AIの活用によって、日々刻々と組織内をダイナミックに流通するフローな情報を合目的的に捕捉し、これまで見えにくかったコミュニケーションの実相も見える化できる。
 東洋建設では、CDEで蓄積された膨大なデータを効果的に活用し、設計・施工プロセスにおける情報共有の課題を解決するため、2024年4月に生成AIを活用した統合検索プラットフォーム「TOYO AI ASSISTANT」を開発、運用を開始した。
 従来、建設プロジェクトにおける設計・施工に関する情報は、紙媒体の図面や仕様書、社内サーバーに保存された電子ファイルなど多種多様な形式で分散して管理されていた。必要な情報を探すためには、膨大な資料の中から手作業で探し出す必要があり、多大な時間と労力を要していた。それによって過去の類似プロジェクトの知見や専門的なノウハウが共有されにくいという課題もあった。

それらの課題を解決するため、東洋建設はCDEを導入し、設計・施工・維持管理に至る全てのプロセスで生成される情報を一元管理する体制を構築した。一方で、CDEに蓄積されるデータ量は膨大であり、必要な情報を効率的に検索し、活用するためには、新たな技術の導入が必要であった。

そこで、東洋建設では、自然言語処理技術を駆使した生成AIに着目し、「TOYO AI ASSISTANT」を開発した。「TOYO AI ASSISTANT」は、CDEに蓄積されたデータに加え、法令データ、不具合・災害事例などの様々な情報を統合し、チャットボット形式による迅速な回答・アドバイスを提供するシステムである。

「TOYO AI ASSISTANT」は、Google CloudのVertex AI Searchを利用して構築され、クラウド上で運用されており、高い可用性とセキュリティを確保すると共に、システムのメンテナンスやアップデートを容易に行うことができる。合わせて「TOYO AI ASSISTANT」は、社内ポータルサイトに組み込まれており、PCやスマートフォンからいつでもどこでもアクセスできるなど情報へのアクセス障壁をなくすことで情報共有の促進を図っている。

アーキテクチャ/データ構成

主に自然言語による質問応答・情報検索・情報要約・関連情報提示において成果が顕在化

「TOYO AI ASSISTANT」の主な機能である自然言語による質問応答、情報検索、情報要約、関連情報提示について概説する。
自然言語による質問応答において質問者は、自然言語で質問することで、「TOYO AI ASSISTANT」から必要な情報を得ることができる。一例としては、「この建築物の耐震基準は?」「過去の類似プロジェクトで発生した不具合事例は?」といった質問に対してAIが適切な回答を提示する。
情報検索においては、CDEに蓄積された膨大なデータの中からキーワード検索、条件検索などの様々な方法で必要な情報を検索できる。

情報要約は、大量の資料から重要なポイントを抽出し、要約して表示する機能だ。これによって質問者は、資料全体を読むことなく、効率的に情報収集を行うことができる。

関連情報提示は、質問内容に関連する情報を自動的に提示する機能だ。質問者は、多くの関連情報を参照することで、より深い理解を得ることができる。

「TOYO AI ASSISTANT」の運用によって、明らかな成果が生まれている。

従来、必要な情報を探すために数時間かかっていた作業が数分、数秒に短縮されるなど、情報へのアクセス時間の短縮が実現している。質問に対する回答をAIが即座に提示することによって担当者間の質問、回答のやり取りが減少し、コミュニケーションの効率化が図れている。必要な情報に迅速にアクセスできるようになり、過去の事例や専門家の知見を参考にしながら、より迅速に意思決定を行うことができるなど意思決定の迅速化が実現している。


今後に向けて外部データとの連携強化・AI技術の高度化・人材育成などの取り組みを強化

東洋建設では、※BIM-DPX(R)を更に推進するため、外部データとの連携強化、AI技術の高度化、人材育成などの取り組みを強化していく。

外部データとの連携強化においては、※e-GOV等の法令データ、災害情報などの外部データとの連携を強化することで、より効率的な業務遂行が可能となる。気象情報、交通情報などのリアルタイムデータとの連携により、建設プロジェクトの進捗管理やリスク管理の精度向上も目指す。合わせてIoTセンサーデータとの連携により、施工現場の状況をリアルタイムに把握し、安全管理、品質管理の高度化を目指す。

AI技術の高度化においては、技術の精度向上に取り組み、より高度な機能を実現することで、更なる品質向上や効率化が実現する。具体的には、AIによる自然言語処理技術を進化させることで、より複雑な質問への対応、自動翻訳機能の導入などが挙げられる。合わせて深層学習(Deep Learning)や強化学習(Reinforcement Learning)などの最新技術を導入することで、AIの精度向上、新たな機能開発を推進する。
 人材育成においては、社内教育プログラムの充実、外部研修への参加などを通じてBIM やAI技術に関する知識・スキルを向上させる。BIM-DPX(R)を推進するリーダー育成にも注力し、全社的な DX 推進体制を構築、大学や研究機関との連携による共同研究、人材交流などを通じて最先端の技術を習得し、人材育成 を促進する。

※BIM-DPX(R): BIM–Digital Process Transformationの略。BIMによるデジタルプロセスの浸透により建設業の取組みをあらゆる面でより良い方向に変化させようと東洋建設が新たに定義したもの。

※e-Gov:行政手続きの電子申請や行政情報が得られるポータルサイト。行政機関への申請・届出が24時間365日オンライン上で行えるため時間・コストを削減できる。利用には事前準備が必要。

TOYO BIM-DPX® with Vertex AI Search(Google Cloud Next Tokyo’24)発表資料より