竹中工務店における「設計BIMツール」運用|深堀り取材【毎月更新】
建築BIM加速化事業にともない、BIMやDX化への注目および実施速度が本格化しています。第26回は、竹中工務店における「設計BIMツール」運用について解説します。
目次
「設計BIMツール」を開発し基本設計に着手する全てのプロジェクトへの適用を開始
竹中工務店では、付加価値の高い提案を早期に実現する新たなツールとして「設計BIMツール」を開発し、基本設計に着手する全てのプロジェクトへの適用を開始した。「設計BIMツール」は、「情報(Information)」と「形状(Model)」をクラウド上で管理する「設計ポータル」、建築、構造、設備などの各種アプリケーションからなる「設計アプリケーション」、作成されたBIMモデルの品質を自動チェックする「モデルチェッカー」から構成されている。
「設計BIMツール」は、基本設計に着手する全てのプロジェクトに適用としたことからもわかるように、組織全般を横断し、ワークフローを包含する竹中工務店版のCDE(Common Data Environment):共通データ環境として位置づけられる。本稿では、BIMに象徴されるデジタル運用において、どのような経験と知見を得てきたのかの経緯を振り返り、現段階でのデジタル運用のメルクマールとなった「設計BIMツール」の詳細を明らかにする。
ミッション「基本設計から生産情報を取り込み着工後初期段階で施工モデルの調整を完了」
「設計BIMツール」の成立に至る過程で、どのような試行錯誤と挑戦が行われたのかを探るべく、建設会社としてBIM運用の優位性を最大限に発揮できる設計施工案件にフォーカスして報告する。
地下鉄本町駅から至近にある大阪市西区西本町の信濃橋富士ビル建替工事の作業所事務所を訪ねたのは2016年9 月末であった。この時期になるとBIM運用は、本社機構の先導から作業所事務所へと拡がりをみせていた。初出としては日刊建設工業新聞において2016年11月17日・24日・12月1日・8日付けで掲載している。
作業所事務所は、眼下に施工現場が俯瞰できるビルの一室にあり、訪問時には、基礎工事が完了し、地上躯体工事へと進む直前だった。BIM運用におけるミッションは「基本設計から生産情報を取り込み、着工後初期段階で施工モデルの調整を完了」と明解であり、すでにこの段階では、あらかじめデジタル空間で竣工してしまう仮想的な竣工までを意識していた。BIMによって生産性向上を図りつつ、作業品質も高め、同時に、いかにして設計段階に生産情報を取り込み、施工モデル作成を早めるのかに挑戦していた。
大量生産が前提の製造業の生産現場(工場)がオーディナリー(常設的)であるのに対して、一品生産の建築物を前提とする建設業の生産現場(施工現場)はテンポラリー(一時的)で竣工後は影も形もなくなる。建築規模で要員も変動するし、サブコンなどの協力組織も流動する。製造業と比較して情報のデジタル化には向かない、建設業の生産現場(施工現場)へのBIM導入をいかにして最適化するのか。竹中工務店では、BIM導入の業務フローを先取り分析し、新たな組織論ともいえる、作業所事務所内の要員配置と業務分担の再構築を実施した。
施工図担当と兼務のBIMマネージャーが中心となり施工モデルの統合・管理・運用を実施
ミッション「基本設計から生産情報を取り込み、着工後初期段階で施工モデルの調整を完了」を実現するために、 BIM運用を最適化するべく生産現場(施工現場)内の要員配置と業務分担の再構築を実施、作業所事務所主導の基、サブコンなどの関係者の全員参加で施工モデルを作成して援用していた。
信濃橋富士ビル建替工事の概要は、敷地面積475.42平米+建築面積356.72平米+延床面積4,014.19平米+地下1階+地上11階+塔屋1階+S造(地下一部RC造・SRC造)。作業所長を含めて全11人で運営され、BIM運用において最も重要な役割を果たすBIMマネージャー1名が常駐していた。
特筆すべきは、経験豊富なベテランの施工図担当者がBIMマネージャーを兼務していた点だ。設計部門と意思疎通しつつ、サブコン、協力会社とBIM協働を進めていくBIMマネージャーは、建築とコンピュータの領域に跨がり、設計と施工の橋渡しをする新しい職能として位置づけられよう。
主要なBIMインフラは、BIMソフト「ArchiCAD」とモデル間の干渉チェックに用いる「Solibri」であった。BIMマネージャーは、協力会社が用いる各種のBIMアプリケーションとIFCフォーマットを介して施工モデルを統合し、管理、運用した。
施工図担当を兼務するBIMマネージャーが中心となって全員参加で重合わせ検討会を開催
作業所事務所での施工モデル作成を円滑にするために「氏育ちの良い設計モデル」の確保が求められた。設計者は、BIMソフト「ArchiCAD」で設計(意匠)モデル・構造モデル・設備モデルを作成、保存(施工モデルとの互換のためIFCファイル形式)すると、BIS(Building Information Secretary)と呼ばれる職能が「Solibri」で個々のBIMモデルを重ね合わせ、自動的に干渉チェックし、設計者に対して干渉箇所の確認メールを送信する。
設計者は、「Solibri」で干渉箇所を目視チェックして確認、BIMモデルを修正する。注目すべきは、作業の効率化と正確性確保のため、BISによる「Solibri」での自動的な干渉チェックと設計者の目視チェックを明確に分けている点だ。加えて、 [敷地]・設計(意匠)・構造・設備のコンポーネント(部材・箇所)ごとに干渉(及び照合)チェックする項目と対応策を明記した重ね合せルール一覧表が共有されているため作業ミスも防げる。
このようにして作成された「氏育ちの良い設計モデル」を用いて、「基本設計から生産情報を取り込み」、詳細設計段階と重複、並行するように、同時進行的に施工モデル作成が開始できるようになった。
作業所事務所に常駐する施工図担当を兼務するBIMマネージャーは、協力会社の各種アプリケーションによって作成されたIFCファイルを用いて施工モデルを統合する。更に重ね合わせ検討会では「Solibri」を操作しながら、干渉チェックを協働で行い、解決策を合意する。協力会社は、それら合意に基づき、施工モデルを修正し、新規の施工モデルへと更新、再統合する。これらのサイクルを繰り返していくことになる。
「重ね合わせ検討会」には、設計(意匠)・構造・設備担当の設計者も随時、同席し、設計段階にまで遡り、モデル修正する必要が生じた際に、瞬時に対応できる体制も整えていた。
BIM関連アプリケーション一覧
・ArchiCAD:BIMソフト(グラフィソフト)
・Solibri:3次元モデルチェッカー(グラフィソフト)
・BRAIN NX:構造解析ソフト(自社開発)
・Tekla Structures:3D鉄骨図(トリンブル・ソリューションズ)
・J-BIM施工図CAD:3Dコンクリート躯体図(福井コンピュータアーキテクト)
・RCS:3D配筋図(自社開発・技術研究所)
・Rebro:建築設備専用3D CAD(NYKシステムズ)
・CADWe’ll Tfas:建築設備専用3D CAD(ダイテック)
3次元モデル承認を実現する中で検図作業は姿を消して、残ったのは図面押印での管理保管
BIM運用を通して3次元モデルが「主」で図面は「従」であるとの共通認識は自明となっていく。3次元モデルでの確認過程で、出力図面で副次的に確認することもあるが、作業としての検図は姿を消した。3次元モデルと図面は目的意識的に(混在ではなく)併存して運用され、必要時に図面出力すればよくなった。
信濃橋富士ビルのS造(地下一部RC造・SRC造)での建替え工事概要に即して3次元モデルと図面の関係にフォーカスし、鉄骨工事での重ね合わせ検討会の実際をみてみる。
鉄骨一般図に基づき、ファブリケーターが鉄骨BIMソフト「Tekla Structures 」で作成した3次元モデルは、重ね合わせ検討会での合意形成を経て、3次元モデルのまま承認され、ファブリケーターに提供される。出力図面には承認済の捺印が行われ、エビデンスとして保管される。S造は、RC造などと比較して、主たる構造体である鉄骨の標準化、規格化が進んでいるためBIM運用に向いていた。
施工図担当兼務のBIMマネージャーをキーマンに据えるなど、作業所事務所内の要員配置と業務分担を再構築して作業所事務所へのBIM導入を成功させた背景には、西日本BIM推進WGが中心となり推進したBIM運用を水平展開するための活動があった。BIMキャラバン隊は、内勤各部署や役員向けキャラバンを行い、BIM運用の課題を協働で解決するため現地(作業所事務所)にも直接、出向いていた。BIM経験を共有するために設計系と施工(生産)系ごとにBIM相談会を運営し、より組織横断的なBIM大会も主宰していた。
BIM運用の知見に基づき成立した竹中工務店版CDEとして位置づけられる「設計BIMツール」
ミッション「基本設計から生産情報を取り込み、着工後初期段階で施工モデルの調整を完了」を達成するべくBIM運用された信濃橋富士ビル建替工事。それら数多くの事例で得られたBIM運用の経験と知見に基づき、竹中工務店版のCDE:共通データ環境としても位置づけられる「設計BIMツール」は成立している。「設計BIMツール」を構成する「設計ポータル」「設計アプリケーション」「モデルチェッカー」の運用の実際を検証する。
「設計ポータル」は、対象建築物のBIMモデルが有する「情報(Information)」と「形状(Model)」を関係づけたままで区分け、格納し、目的ごとのさまざまな機能・ツールによって運用するBIMクラウドプラットフォームとして機能する。
OSに依存せず、WEBベースのクラウド環境で稼働するため、PC、スマートフォン、タブレットなど多様なデバイス上で共通のインターフェイスで稼働する。特定のアプリケーションにも依存しないので、BIMソフトを用いずBIMモデルを視認できるビュアーとして機能する。
そのためBIMモデル+2次元簡易図面+写真+テキストデータ+表計算データを特段、意識せずに混在したまま管理、運用できるので、関係者間のコミュニケーションの質を高めると共に、工程を跨ったタスク管理の迅速化を実現する。
BIMモデルから区分けした「情報(Information)」を対象とした属性情報検索+チェックリスト機能を有するなど、従来のBIMモデル単独での運用からBIMモデル活用の可能性を大幅に拡張している。
建築・構造・設備・環境などの主要な建築系のアプリとミドルウェアを介して連動して運用
「設計アプリケーション」は、建築系のソフトベンダーとの協働の基、多くは自社開発した建築、構造、設備、環境などのアプリケーションから構成されており、ミドルウェアを介してアドオン・ソフトのように稼働する。建築系のアプリケーションを統合してクラウド環境で運用することで、ZEB検討、騒音シミュレーション、構造計算、設備計算、品質チェックなどを対象建築物の同一情報を用いて同時並行で稼働でき、複合的なシミュレーションを早期にかつ高品質に実現できる。
「設計アプリケーション」は24種が搭載されている。BIMに関連して用いられる建築系のアプリケーションも網羅されており、「設計アプリケーション」の基幹部分の開発を協働したベンダーとしては、グラフィソフトジャパン、SOLIBRI、KUBUS、アマゾンウェブサービス、オートデスク、GELなどが列記されている。
対象建築物のワークフロー全体を網羅してデジタル運用するためには、複数の多様なアプリケーションが必要だ。それらを白紙の状態から自社開発するのは非経済的だし、実現性も担保されていない。必要なアプリケーションについては選別、自社開発し、それに加えて市場提供され、稼働実績のあるアプリケーションとの連動も企画したのはクレバーな選択であった。
BIMモデルの不整合をチェックするためのルールセットをカスタマイズして独自に運用
「モデルチェッカー」には、「ArchiCAD」のベンダーであるグラフィソフト社の「Solibri」を採用、独自にカスタマイズして運用している。「Solibri」は、意匠、構造、設備など主要なBIMアプリケーションのIFCファイルを読み込み、表示、干渉チェック、整合性チェック、空間分析などを実行、BIMモデルの品質保証を可能にするソリューションとして稼働する。
具体的には、あらかじめ登録した条件に基づく干渉箇所の検出や必要クリアランスの確保など、BIMモデル構築の可否を検査し、問題がある箇所を一覧表示、レポートできる。それによってBIMモデル間の不整合の削減を可能とし、見落としミスの回避から作業時間・要員削減などに至るまで検図・修正業務における効率化を実現している。
「Solibri」には、BIMモデルの不整合をチェックするためのルールセットが標準整備されており、ルールセットはカスタノイズが可能だ。ユーザーは、BIMモデルの作成ルールに則り、ルールセットに基準値を設定することにより、独自のルールに従ってBIMモデルのチェックが可能だ。ルールセットによる自動チェックも便利な機能である。
全面的に「設計BIMツール」を採用したプロジェクトも進行しつつある。設計施工を経て施設管理に至るまで伸延した運用事例も俎上に上がるだろう。継続して、追跡を続けていく。