プランテックにみる独立系組織設計事務所としてのBIM運用の現在地|深堀り取材【毎月更新】

建築BIM加速化事業にともない、BIMやDX化への注目および実施速度が本格化しています。第25回は、「プランテックにみる独立系組織設計事務所としてのBIM運用の現在地」について解説します。

建築設計を主軸としてデジタル技術を駆使して多岐に渡る業務を担うプランテックの挑戦

 プランテックは、BIMサービスプロバイダーとして活動するグローバルBIM社と協働して、全設計者を対象としたオン・ザ・ジョブでのBIM導入と実務運用を推進するべく体制構築に取り組んでいる。独立系の組織設計事務所としてのBIM運用の現在地を探索する。


グローバルBIM社と協働して行うBIM演習風景(1)

 プランテックでは、月刊でメールマガジン「PLANTEC NEWS LETTER」を各方面に向けて配信している。そこは、クライアントのファシリティに関する課題を総合的に解決する、オンリーワンのファシリティソリューションカンパニーであり、業務範囲は、建築設計を主軸とし、ファシリティコンサルティング、戦略・業務改革コンサルティング、デジタル技術を駆使したクリエイティブデザインと多岐に渡るとしている。

 「PLANTEC NEWS LETTER」の最新号では、経済誌での代表取締役社長小山直行氏のインタビューに始まり、設計コンサルとして携わった地方都市の再開発事業、設計監理を担当した企業の北陸支店、公的な社団法人での戦略提案そして進行中のプロジェクトであるオフィスプランニング、バーチャルショールームCG作成に至るまでが網羅されている。 

 建築設計を主軸としてデジタル技術を駆使し、多岐に渡る業務を担うと宣したプランテック。BIM導入に象徴される変化への挑戦を報告する。

意匠・構造・設備の領域を横断してデジタル情報を駆使するなど、変化する設計者の役割

 広く建築を取り巻く環境はデジタル技術の急進と共に激変している。直近のトピックでは生成AIを建築設計に援用する事例も出現しているし、残業の上限規制による人手不足を解決するべくゼネコン各社は施工BIMに代表されるDX戦略に邁進している。グローバルBIM社との協働の基、全設計者を対象としたBIM導入に踏み切った背景には、かつて手描きの製図からCADに移行したように、BIM化やコンピュテーショナルデザインへの流れは不可逆的であるとの組織としての共通認識がある。それらの不可逆的な変化の潮流の中にBIM導入と実務運用を位置づけることができる。

 『社会全般のデジタル化の進展、生成A Iの登場という課題に対応するべく、その端緒としてBIM化に取り組んでいる。手描きからCAD に移行したようにBIM化の流れは不可避だ。BIMに象徴されるデジタル技術を駆使することで、設計者の能力を拡張し、新しい建築空間の創造が可能となる。

 デジタル化の進展と共に設計者の役割も大きく変わる。BIMに象徴されるデジタル情報は、組織の壁もやすやすと超えていく。意匠、構造、設備の領域を横断してデジタル情報を駆使するコミュニケーション能力も求められる。加えて生成AIの登場を受けて、従来のコンピュータでは対応できなかったクライアントの感情や五感に関わる情報もハンドリングできるようになる。永年に渡り培ってきた経験と知見を、革新への挑戦に結びつけることで設計組織として新たな個性を確立していく。』(小山直行氏:代表取締役社長)

「オン・ザ・ジョブでのBIM教育」をキーワードに、CADとの重複を避けてBIMの普及促進

 情報セキュリティーへの配慮が求められる昨今、取材時に実務スペースに足を踏み入れる機会は少なくなった。情報公開の範囲を約した上で実務スペースに入る。視界を遮る間仕切りがない、見通しのよいワンフロアーに、当然のように製図板は見当たらず、IT企業のオフィスように所員がディスプレイに向き合う室内風景が広がっていた。

 BIMを導入し、設計組織の中に定着させる際に課題となるのが、BIMに習熟し、置き換わるまでの、2次元CADによる現業との実務の重複である。プランテックでは、2次元CADとBIMが輻輳する期間を短縮して効率よく乗り切るために、「オン・ザ・ジョブでのBIM教育」をキーワードにBIMの普及を進めている。

 オフィス内に入ると、グローバルBIM社から派遣された専任講師が7名の設計者に向けてBIMソフト「Archicad」による講習を行っていた。プロジェクターには、開口部が映し出されている。2次元図面と3次元モデルは連動しており、どちらかで変更を加えれば、双方ともに、瞬時に変更が反映される。講義内容はオン・ザ・ジョブである。現在、講師1名に7人の設計者という体制で、4日間の講習を月一回のペースで行っている。対象は設計行為には携わらないマネージャーも含めた全設計者である。

 グローバルBIM社が培ってきたBIM 導入教育のノウハウを援用してBIM演習を定期的に行うのと並行して、日常的なBIM運用を進めるためにBIMサポーターという職能を設けている。約20名から構成される設計チームの中に2名のBIMサポーターが常駐している。

 BIM演習によって習熟の進捗度を均一化するのと合わせて、個々の設計者のスキルに依存せず、組織的なBIM運用を可能とするために「BIM社内運用ルール」を策定し、明文化している。「BIM社内運用ルール」では、線種、ペンセットなどの作図の仕様からレイヤーセットなどのBIMモデル構築時の規則、ファイル保存先などデータ管理のマナーなどを策定している。今後も継続して、BIM運用時の参考モデルを整備するなど内容の充実に努めていく。


グローバルBIM社と協働して行うBIM演習風景(2)

BIMの3次元建物モデル運用のメリットである見える化を活かして、意匠・構造・設備分野で協働

 意匠、構造、設備分野を横断したBIM運用もオン・ザ・ジョブで進めている。進行中の某研究所のプロジェクトでは、意匠チームと構造チームがBIMモデルを用いて複雑な構造フレームの検討を行い、設備チームと連携して空調、日射、気流に関連する高度なシミュレーションなどを行っている。

 某研究施設のプロジェクトでは、ワークプレイスのデザイン確認のために建築主に3次元ゴーグルによるVR体験をしてもらった。「Archicad」で作成した3次元建物モデルを「Enscape」でレンダリング、出力し、ゴーグルに「Meta Quest Pro」を使用してVR体験で視認してもらっている。静止したパースだけでは伝わりにくい二層吹き抜けの空間のスケール感を体感してもらうのに効果的であった。 

 BIMの3次元建物モデルを運用するメリットとして見える化(Visualize)を挙げることができる。見える化は、建築主に向けては図面では説明困難な気付きを与え、設計者(専門家)自身にとっては専門知を自らに逆照射し、設計の質を向上する。更には、意匠、構造、設備チームによる横断的な検討にみられるように専門家同士の合意形成にも寄与する。見える化によって明確になった課題を相互に検討し、解決する過程で、設計者は、自らの専門知を再認識し、合意内容を相互に認知化(Cognify)していくことになる。見える化の最大の効果だ。

屋根形状と構造フレーム検討の連携(屋根検討モデル)
屋根形状と構造フレーム検討の連携(解析結果_変位図屋根検討モデル)
意匠×設備の連携(換気ダクト_天井内納まり検証)
フローデザイナーを使用した環境解析
使用したゴーグル「Meta Quest Pro」

設計のBIMモデルを高機能ビュアー「BIMX」に展開して、施工者との意思疎通を円滑化

 建設会社とのBIMによる協働も進行している。竣工予定の札幌の超高層ホテルプロジェクトでは、施工者側が施工図を作成する際に設計者が構築したBIMによる3次元モデルを用いて設計監理へと援用している。建設中の某R&Dセンターでは、設計者によるBIMモデルを「ArchiCAD」の高機能ビュアーである「BIMX」に展開し、建設会社、サブコンと共有するなど有効活用している。某R&Dセンターは、既存建物にはめ込むように増築するなど、接続部分が複雑な建物であるため、図面では納まりの確認が困難な部位の検討や合意形成に成果をあげている。

 某R&Dセンターの施工を担うのは、小規模な地場の建設会社で、BIMの導入は進んでいなかった。それにも関わらず、BIMソフト不要でBIMモデルを視認できる「BIMX」を用いて、設計者によるBIMモデルを共有できたのは、施工者との意思疎通の質を高めるのに有効であった。

 諸条件から選定に至らなかったが、スーパーゼネコンの中には、BIMモデルも援用したVECD※提案を行ってきた事例もあるなど、現状では、建設会社側のBIMの導入事情にも濃淡があるのがわかった。一方で、建設会社とBIMによる協働を進める中で、設計者は、3次元建物モデルを有効活用し、創るBIM=設計BIMと建てるBIM=施工BIMを接続すれば、デジタル空間上に、早期に対象建物を完成させるデジタル竣工の可能性も視野に入れ始めている。

※VECD(Value Engineering Cost Down): 仕様や性能を下げずに、また、過剰に採用されている仕様や性能を下げることで、可能な限りコスト、建築費を下げるための考え方のこと。

デジタル技術で設計の射程を伸延して、さまざまな領域に対してクリエイティブワークを提供

 訪問の最後に紹介されたのがクリエイティブチームのセクションであった。ディスプレイには、自動車のダッシュボードが表示され、別ウィンドウでは、自動車の走行シーンの動画が表示されていた。某自動車部品メーカーの依頼を受けて製品プロモーション動画を制作していた。

 バーチャルアイランド「SPACE∞TOKYO」のCG制作とVR制作も担当している。「SPACE∞TOKYO」は、「東京湾の中央に位置する直径4Kmの太極図をモチーフにデザインした円形の形状。都市機能と自然を皿状の上に配置し、個々が独立した形状から重なり構成される街並み。」(ホームページから抜粋)としてインターネット上で公開されている。

 クリエイティブチームは、建築の設計行為は行わない。デジタル技術を駆使して設計行為を拡張、伸延することによって、設計行為と密接に関わるさまざまな領域に対してクリエイティブワークを提供している。具体的には、企業のブランディング戦略に則り、デジタル技術を駆使して、WEBデザインからプロダクトパッケージデザイン、デジタルサイネージの企画制作に至るまでを手掛けている。直近では、それらのノウハウを総合したバーチャルショールームの企画制作案件が増えている。

 1980年代初頭、米国におけるCAD・CGの黎明期に、SOM(Skidmore, Owings & Merrill,)の依頼で映像作家のロバート・エイブル(Robert Abel)氏が制作したシカゴの「シアーズ・タワー」、フロリダの「スタジアム」のワイヤーフレームによる鳥瞰CGを思い出す。この時期、デジタル技術の発展に伴ってハリウッドの映像分野のクリエーターが建築の領域に進出していた。また領域をクロスオーバーするように建築分野の設計者がCG技術を携えて映像分野に進出していた。建築における3次元表現は、映画表現やCGを用いたアニメーションに親和性が高いからだ。ロバート・エイブル氏は、レナウンの「イエイエ」のCMを制作したことでも知られている。

 設計者は、建築主に最も近い立場からニーズをくみ取り、建物の形状と機能を設計し、社会と関係付ける。建物の形状と機能の設計を伸延することによってWEBデザインやパッケージデザインを手掛ける。建物にまつわる森羅万象に関わるのが設計者の役割であるとの文脈の中に、BIMに象徴されるデジタル技術も位置づけることができる。

鳥瞰CG「シアーズ・タワー」「スタジアム」(筆者所蔵)

「大江匡のデジタル・スタジオ−勝ち残るためのCAD環境構築法」にみるBIM状況への近似点

 建築関係者にプランテック訪問を告げると、ゼネコンで設計部上席役員を務めた建築家が、かつて訪問した際のエピソードを紹介してくれるなど、多くの関係者が創業者である大江匡氏の逝去後の動静について関心を寄せていた。BIMを主題としたプランテックの現状報告を終えるに際して、建築分野でのコンピュータ利用において先駆的であった大江匡氏の著書についても触れておく。

 建築分野のコンピュータ利用を対象分野とする編集者として大江匡氏の動静には強い関心を持っていた。CAD黎明期に書かれた書籍が二冊ある。「プランテック総合計画事務所・大江匡+泉俊哉著「大江匡のデジタル・スタジオ−勝ち残るためのCAD環境構築法」(日経BP社:1998年2 月23日初版)と大江匡+早稲田大学尾島俊雄研究室著「建築CALS構築法」(新建築社刊:2001年5月1日初版)である。

 手描きの製図から2次元CADへの移行に際して、設計組織が2次元CAD導入にどのように挑戦し、変革に直面したのかが描かれている。それらの分析は、2次元CADからBIMへの移行期にあたる現在を透かし絵のように照射してくれると共に、設計手法が2次元(図面)から3次元(建物モデル)へと移行する現在との近似点も浮かび上がらせている。

「プランテック総合計画事務所・大江匡+泉俊哉著「大江匡のデジタル・スタジオ-勝ち残るためのCAD環境構築法」の表紙(筆者所蔵)

「CADやそれに伴うコンピュータを使用した設計環境にはそれだけのメリットがあるのだから」

 前出の「大江匡のデジタル・スタジオ−勝ち残るためのCAD環境構築法」の「製図板へのこだわり」と題した序章が思い出された。
『これまで「製図板」で描くときには、はじめに縮尺を決定し、図面全体の構成を考え、薄く基準線を描き、用紙の中にバランスよく納まることを確認した上で進めていた。しかしCADの場合、描いた図面を後から自由にレイアウトできるし、もちろん縮尺も自由に後から変更できる。』

 『今はCAD化への移行を決して後悔していないことを付け加えておきたい。CADやそれに伴うコンピュータを使用した設計環境には、それだけのメリットがあるのだから。』

 2次元CADは、手描きの製図手法をデジタルの製図板に置き換えただけだったが、それでも設計の手法と設計者の意識に大きな変化をもたらした。BIMでは、3次元建物モデルを構築し、整合性を担保した2次元図面が副産物として手に入る。作業としての製図は終わったとも考えられる。設計者の中には、手描き製図の実務体験は持たず、2次元CADも常態として、BIMを端緒とするデジタル技術に親和性を持つ新しい世代も現れている。