建築分野におけるAI技術利用への知見と実務援用への可能性|深堀り取材【毎月更新】
建築BIM加速化事業にともない、BIMやDX化への注目および実施速度が本格化しています。第9回は、建築分野におけるAI技術利用の可能性について解説します。
目次
スケッチから3Dモデルへ
大林組は、米国シリコンバレーのSRI International(SRI)と協働して、簡易なスケッチなどからAI技術を用いてバリエーション豊富なファサードデザインを生成し、3次元モデル化までを行う提案ソリューション「AiCorb(アイコルブ)」を開発した。設計者向けプラットフォーム「Hypar」では、Designer AIによって生成されたファサードデザインを基に必要な各種パラメータを推計し、ModelerAIが3次元建物モデルを作成する。
これによって、即座にファサード+ボリュームデザインを併せ持つ3次元建物モデルを提案できるため、建築主との合意形成はもとより、建設プロジェクトに携わる関係者間での意思疎通の円滑化に貢献する。
ここでは、本プロジェクトを主導している辻芳人氏(設計本部アジア建築設計部部長)に主に設計者の立場から、中林拓馬氏(技術本部技術研究所生産技術研究部副主任研究員)には研究者の立場から、建築分野におけるAI技術利用への知見と実務援用への可能性を聞いた。
膨大なファサード+ボリュームデザインを基に、建築主の要望にきめ細かく素早く対応可能
設計者が工程の最上流において、アイデアを具体化する方法は多様だ。アナログ状況ではスケッチも多用され、昨今ではBIMソフトに習熟した設計者であれば、容易に3次元建物モデルを構築し、アイデアを形として明示できる。
一方で、BIMソフトの習熟には時間もかかるし、導入コストも要する。特別なトレーニングなどを必要とせず、iPadなどの安価なデバイスを用いて、設計者が即座にアイデアを形にするべく開発されたのが「AiCorb」だ。
ここでは、設計コンセプトに沿った写真、画像、スケッチなどを入力すると、AIアルゴリズムを用いてバリエーション豊富なファサードデザインを自動生成、次なるAIアルゴリズムを用いてファサードデザインを3次元建物モデルへと変換する。
このようにして生成された膨大なファサード+ボリュームデザインを基に、設計者は、建築主の要望に、よりきめ細かく、素早く対応でき、後工程に向けて、構造、設備など技術者との情報共有が可能となる。
設計施工から運用までを司るゼネコンとして、BIMとの接続や法的チェックへのAI援用を検討
BIMとの接続については、基本設計レベルの※LOD(詳細度)150~200を前提としてテストを繰り返している。それによって概算コストや建築資材などに含まれる二酸化炭素排出量へ影響を及ぼすエンボディド・カーボン(Embodied Carbon:内包二酸化炭素)の計算・シミュレーションに援用できる。
建築基準法については、文字情報を対象とする生成AI「ChatGPT」の活用方法を検討しているが、更に加えて文字情報と形態情報を結びつけることによってBIMモデルを用いた法的チェックの可能性を追求している。
一方で、現状のAIは、明確なロジックを組みにくい場合に適しており、BIMのように明確な形状・属性が定義され、ロジックに基づいた定量的な判定が可能な場合には向いていない。逆に、分析に膨大な時間を要し、経験的だがロジックに書き下ろすのが困難なケースなどに向いている。
一例として、特定の納まりが施工時に不都合が起こりやすいとの経験則がある場合、それらを類型化し自動判定するロジックを構築するのが困難な場合などにAIは向いていると考えられる。
「AiCorb」は、現状では、工程の最上流においてアイデアを即座に形にすることを主眼としているが、設計施工を標榜、施工=生産から運用までを司るゼネコンとしては、将来的に、運用段階で判明するコストやエンボディド・カーボンを設計段階までフィードバックしてチェックできるシステムの構築を目指している。
※LOD:Level Of Detail・Level Of Developmentの略。設計図面が設計の工程ごとに詳細度が異なることに準じてBIMによる3次元建物モデルも詳細度が異なる。
生成AIがガウディの示唆した発見をアシストすることで、人間は創造の領域に入っていける
2023年最大のエポックであり、広く社会現象にもなったのが生成AI(Generative AI)と呼ばれるChatGPTだ。大手設計事務所やゼネコンでBIMに関わっている技術者の中からは、早速、画像系の生成AIにファサードデザインを描かせ、SNS上に公開する事例も出現、そのバリエーションの圧倒的な豊富さに驚かされた。
折から取材時には、東京国立近代美術館で「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が開催され、盛況を博していた。ガウディの言葉に仮託して人とAIとの関係、役割分担についての知見を聞いた。
「ガウディは、人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発すると語ったが、生成AIがその発見をアシストしてくれることで、人間は創造の領域に入っていけるのではないかと考えている。」(辻芳人氏)
ガウディは、自然を仔細に観察し、波、貝殻、植物、蜂の巣などの形を建築のモチーフとして取り入れたことが知られている。生成AIとの関係においても、多様な選択肢の中から、人が「発見する」ことの重要性が高まっていくに違いない。
なだらかで優美な曲線美が特徴の横浜港大さん橋国際客船ターミナル、6面体の特異な形状を持つクリーブランド現代美術館などを手掛けた建築家、ファシッド・ムサヴィ氏の来日時に、形を生み出す際のコンピュータ・テクノロジーとの関係についてインタビューしたことがあった。BIMもAIも話題に登る前の2014年のことである。
ムサヴィ氏は、コンピュータを自らが操作してデザインを試行錯誤する新しい世代の建築家と自認していること。試行錯誤の過程で、コンピュータの側がデザインのヒントを示唆してくれることがあると明言した。
「生成AIは、言語化できていないが漠然としたイメージがあるものを具体化する際に効果を発揮すると考えており、やはり創造性の根源は人間にあるのではないか。自分の中にあるものを具体的な形で発見することの手助けともいえるので、結局のところ生成AIは発見のアシストをするといえる。」(中林拓馬氏)
選択肢が多すぎて選びにくい選択の罠を回避するため、人の側に求められる主体的なAI援用
「AiCorb」を用いれば、瞬時に驚くほどバリエーションに富んだファサードデザインを生成し、その後は人の側が選択することとなる。一方で選択肢が多すぎると、選択の罠ともいえる事態に遭遇することもある。
「選択肢が多ければ多いほど顧客の購買意欲は低下する」という「ジャムの法則」を発見したのは、コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授だ。スーパーマーケットにジャムの試食台を設け、24種類と6種類のジャムを一定時間で入れ替えて、買い物客の反応を調べた。その結果、24種類のジャムを並べた場合は、買い物客の3%しか購入せず、6種類のジャムの場合は、30%近くの買い物客が購入した。
選択肢が多すぎると、逆に選びにくいとの選択の罠ともいえる課題を回避するのは、あくまでも主体的に選択する人間の側である。そのためにも、生成AIの特性を理解し、より合目的的な援用方法を見出す必要がある。