【中編】建設業界が他産業から学ぶべきDXのポイント~カギは“標準化”~|そもそもDXとは何なのか?

製造業での業務改善やDX戦略立案の知見をもとに、建設業のDX化を支援するアーサー・ディー・リトル・ジャパン株式会社マネージャーの新井本氏のインタビュー。前編では、DXのそもそもの意味と製造業との関係性について伺いました。中編では、建設業でDXを推進する際に重要となる考え方について伺いました。

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【前編】建設業界が他産業から学ぶべきDXのポイント~デジタル・トランスフォーメーションの本質を考える~|そもそもDXとは何なのか?

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建設業のDXのカギとなる2つの「標準化」

-前回の記事では、建設業では「チームマネジメント型」、製造業では「プロセスマネジメント型」と企業運営手法がそもそも異なるため、同じように取り組んでも建設業のDX化がうまく進まない場合が多いと伺いました。

建設業でいきなり製造業と同じようにDX化を進めようとしても、ハードルが高くなるばかりです。そこでまずは現状をつかむことから始めると良いのではないでしょうか。その際に重要となる考え方に「モノの標準化」と「作業(業務)の標準化」があります。

建設業のDX推進で見落とされがちな 「モノの標準化」とは

-標準化には「モノの標準化」と「作業(業務)の標準化」の2つがあるということですが、「モノの標準化」とはどのようなことなのでしょうか。

以下は「モノの標準化」を進める際のステップです。建設物をエントランスユニット・階段・部屋というように部分ごとに分けて考え、100軒の建物を建てたときに「何種類の床材を使っているのか」「非常階段はどのくらいのバリエーションがあるのか」というように、モノごとにどの程度の部品の種類が発生していて、それはなぜなのかを整理していきます。

【モノの標準化のステップ】

1.建設物の構成要素の定義

2.発生種類数の確認

3.種類発生要因の分析

4.種類増による顧客価値の考察

5.適正種類数設定

6.構成要素別標準作成

例えば100軒の建物で、床材が60種類使われていたとします。そもそも床材が何種類使われているのか、またその要因を分析して把握している企業はとても少ないのではないかと思います。床材のようにお客様の目について価値につながるものであれば、部品が分かれている意味は大きいでしょう。しかし、非常階段などはある程度の統一ができるはずです。種類が多くなることでお客様の感じる価値が上がるのか、その部分を慎重に検討する必要があります。

-確かに、どれくらい種類が分かれていて、それがどれだけ価値につながっているかを考えることは非常に重要ですね。

少なくとも、ステップ1の「建設物の構成要素の定義(どのような単位で部品の種類を数えるか)」、ステップ2の「発生種類数の確認(どれだけの種類があるのか)」、そしてステップ3「種類発生要因の分析(なぜその種類が発生しているのか)」、ステップ4「種類増による顧客価値の考察(それがお客様の価値につながるのか)」という部分までは実施していただきたいですね。そのうえで、自社にモノの標準化ができる余地があるのかどうかを考えてほしいと思います。

-建設業の中でも戸建て住宅の分野では、ステップ4まではかなり進めやすそうです。

大手の戸建てハウスメーカーなどでは、すでに数十年ほど前からかなり標準化が進んでいます。建物を建てるという意味では同じと考えがちですが、建設業界の中にもグラデーションがあり、製造業に近いものづくりをしているハウスメーカーと、その対極にあるゼネコンなどの分野があります。それぞれの文化や特徴を理解したうえで、標準化とDXの進め方を考えていくのが良いと思います。

案件ごとに重点項目を押さえる「作業(業務)の標準化」の考え方

-建設業において「作業の標準化」で取り組むべき内容にはどういったものがありますか。

作業(業務)の標準化では、網羅的な管理ではなくメリハリある管理を行うことが重要となります。建設業でよくある例に、とある物件で学んだことを次の物件に活かそうという取り組みがあります。これは企業を良くするときにも実践される方法で、例えば「チェックリストを作成・運用して類似の問題を繰り返さない組織を目指そう」というやり方も、これに当てはまります。

一見すると非常に良い取り組みのように感じますが、何か問題が発生するたびにチェック項目が増えていきます。何百項目・何千項目になったとしても「これをチェックしておいて助かった」という場合は意外に少なく、結局は使われなくなってしまい、手間だけ増えることも多々あるのが実情です。

-チェックリストは「網羅的な管理」の代表的な手法ですが、一方で新井本さんが提唱する「メリハリある管理」とはどのようなものですか。

建設業の業務の多くは、様々な協力会社が集まった分業制で成り立っています。「こんな風に仕上げてください」と目標を提示して、手順は協力会社に一任し、作業の結果を確認する方法で業務を進めます。にもかかわらず、手順すべてをチェックリストで細かな部分まで見る形の改善策を採ってしまうと、一任するマネジメントの意味がなく手間も膨大です。

そこで重要となるのが「メリハリある管理」。つまり、ここだけは譲れないという重点を見極めたうえでチェックすることが大切です。また、チェックリストと聞くと、各組織で決まったものを守るイメージがとても強いですが、現在の案件が始まってから作成したチェックリストの方が重要視されるべきだと考えます。

なぜなら、各案件の固有性が高い建設業では、案件ごとに重点項目は異なっているはずだからです。過去の案件で経験したことのない変化点は特に大きなリスクになり得るため、そういった部分をピックアップしてチェックリストに加えます。さらに、期間の長い建設プロジェクトでは案件開始時点から現在までに変化点が表れる場合も多いため、それらの差分に目を向けることが「メリハリある管理」につながります。

-全案件で使用するチェックリストよりも「過去の案件と変化した点」そして「案件開始から現在までの変更点」といった差分を理解・管理することが重要なんですね。

振り返り分析にもポイントがあって、今までに発生した問題をそのまま重点とするのではなく、「まだ経験したことがない部分はどこだろう」という視点で重点を挙げていく必要があります。そうすれば管理のメリハリができて、問題が起きる可能性が減ると思います。

そもそも建設上の業務の進め方の特徴として、協力会社へ依頼した内容も含むすべての作業をチェックすることは困難です。それならば網羅的にできなかったことを考えるよりも、「なぜ重点をうまくピックアップできなかったのか」を振り返って次に活かした方が有意義ではないでしょうか。

「標準化する部分を決める」=標準化しない部分を決めるということ

-メリハリある管理の考え方で思い浮かべるのが、海外の建設現場における品質管理手法です。工事ごとに「Inspection and Test Plan (ITP)」を作成して、施工プロセスの中でいつどのような試験や検査を行われるのかを定義するのですが、現地で立会いが必須な「Hold Point」、立会いまたは検査書類の承認が必要な「Witness」、立会いは不要で検査書類のレビューのみの「Review」と分類されており、海外では建設プロジェクトの中でどの工程を重点的にチェックするかというメリハリが効いているなと感じます。

それは理想的な進め方ですね。数々のプロジェクトマネジメントの本などにも「重点管理が必要だ」と書いてあるのですが、日本ではまだまだ浸透しておらずわかりにくかったり、「つまり網羅型に管理する必要があるんだな」と受け取ってしまう方が多い気がします。

-細かなチェックリストを作るのに残業を強いられる現場も多い中で、固定して守るべき部分と、案件ごとに変化させながらチェックすべき部分を分けて考えることがポイントになりそうです。

もう一つ重要なことは、全案件を俯瞰することです。例えば、過去5年間の全案件で発生した品質問題はどういう傾向が多かったのか、また予算よりも上がってしまった部品や工事はどんなものがあったのか、こういった俯瞰した分析をすると重点を見極める精度が上がりますが、建設業ではあまりされていません。

-同じ建設業界でも、ハウスメーカーとゼネコンでは建てるものが全く違いますし、お客様の属性も大きく違います。一つのプロジェクトにも発注者・請負者・協力会社と多くの関係者がいる中で、横串が刺しづらいビジネス形態です。

まずは「標準化する部分を決めるということは、標準化しない部分も同時に決めている」という理解を持つことから始めるのが重要だと思います。どのプロジェクトでも同じにすべきことと、プロジェクトごとに任せた方が良い部分をきちんと分けて考えるということです。

加えて、進捗管理と課題リスク管理を分けることも重要です。課題とは、目標達成に影響を与える事象で、かつまだやり方が見えてないもの。組織内にノウハウがないなど、そのままの状態では確実に問題が起こることを課題と呼んでいます。

一方で普段通り業務を進めれば問題が起こらない部分も含め、すべての管理をするのが進捗管理です。この2つを分けずに会議をしてしまうと、よくある「順調です」という報告だけで終わる場になりかねません。

会議で議論が生まれなかった原因の多くは、進捗管理と課題管理を分けていないから。進捗管理は各チームや協力会社にお任せして、課題になる部分だけを会議で話すとメリハリが生まれ、どのように進めるか・誰がやるのか決まっていない箇所だけに集中して話すことができます。

-近年では「モノの標準化」はBIMで可視化できるようになり、少しずつ糸口が見え始めています。しかし「作業(業務)の標準化」に関しては未だ課題が多く、DXを推進する準備段階として、建設業界はその部分を重点的に取り組む必要があると感じました。

対談は、墨田区にある「現場喫茶」様のお席をお借りして実施しました

ここまで、DXを推進する前に現状を把握する重要性と、「モノの標準化」「作業(業務)の標準化」の具体的な進め方を伺いました。後編では他産業のDX事例と国内建設業界のDX先進事例についてお聞きします。

後編は2/3(月)更新予定となります。