【後編】建設業界が他産業から学ぶべきDXのポイント~海外・国内事例を見る~|そもそもDXとは何なのか?

製造業での業務改善やDX戦略立案の知見をもとに、建設業のDX化を支援するアーサー・ディー・リトル・ジャパン株式会社マネージャーの新井本氏のインタビュー。中編では、建設業のDX推進の肝となる「モノの標準化」と「作業(業務)の標準化」について伺いました。後編では、国内外の建設業界のDX先進事例を詳しく解説いただきます。
▼中編の記事はこちら
海外のDX先進事例:Katerra社(アメリカ)
-前回の記事でお伺いした「モノの標準化」と「作業(業務)の標準化」について、建設業界で先進的な事例があればお聞かせください。
有名な事例として、アメリカのKaterra(カテラ)があります。Katerra自体は2021年に破産してしまいましたが、取り組み自体は良い部分があったと思います。Katerraは自社工場で部材を製造する際にロボットを用いたり、プロジェクトのコストや工程等をデジタルプラットフォームで管理する取り組みを行い、非常に脚光を浴びました。しかし、デジタル活用よりも注目すべきは、自社工場で企画から手がける「垂直統合モデル」を取ろうとした点です。
建設業界でモジュール化をしようと考えるとき、決まった設計の中で施工するタイプの案件で実践することはほぼ不可能です。どうしても設計や企画に踏み込んでいく必要がありますし、工場で部材を生産する際にもモジュール化の取り組みが欠かせません。
Katerraはそこまで踏み込んでいき、結果としてデジタルを活用したプロセスやプラットフォームで脚光を浴びるようになりました。その背景にあるモジュール化の考え方や、「垂直統合型」を取り入れたビジネスモデルは、現代の建設業界にとっても参考になる部分があるのではと思います。
-Katerraは新興建設企業ですから、創業の段階から「垂直統合モデル」をビジョンとして掲げていたということでしょうか。
経営者は電子系メーカー出身ですので、「垂直統合モデル」への理解があり、建設業界の非合理な部分を置き換えようとした可能性はあります。とてもチャレンジングで面白い取り組みだと感じますが、Katerraが結果として破産してしまったのは、モジュール化の部分で能力が足りなかったのが原因ではないかと分析します。
モジュラーデザインとは、「建物を作る際の基礎的な部材や顧客の価値にそれほど関係がない部分をなるべく標準化をしよう」という考え方です。モジュラーデザインでは、物件固有のユニークさといった要件と、部材の標準化とのバランスをうまくとる必要があります。しかし、Katerraはユニークさに比重を置くあまりにコスト上昇を招き、結果として破産してしまったと推察します。
国内のDX先進事例:長谷工コーポレーション
-国内企業の好事例としてはどのようなものがありますか。
長谷工コーポレーションは中低層の板状マンションに特化し、企画・設計・アフターサービスまで自社で展開しています。建物の用途を絞る代わりにバリューチェーンは広く持ち、土地を買うところから自社で手がけているのが大きな特徴です。
土地購入から運営・管理までを実施する、いわば製造業的なバリューチェーンを選ぶことで標準化を進める「垂直統合モデル」を取っています。また、モジュール化を進めて一部プレキャスト工場生産にも取り組んでおり、設計の自動化をはじめゼネコンの中でもかなりデジタル化が進んでいる印象です。
DXを推進する際には、長谷工コーポレーションのように「どこにビジネスの主軸を置くか」という大きな方向性を決めたうえで、トランスフォーメーションを進める考え方がかなり重要です。長谷工コーポレーションはそもそもバリューチェーン拡大やモジュール化といったトランスフォーメーションが先行しているからこそ、デジタルがうまく活用できているとも言えるでしょう。
-長谷工コーポレーションの事例には、日本の建設産業がトランスフォーメーションをするためのヒントが散りばめられている気がします。
とはいえ、いきなり長谷工コーポレーションのように一つの分野だけに特化することは難しいと思います。長谷工コーポレーションですら1月23日に社長に就任することが発表された熊野氏が「施工の観点から住宅と親和性が高いホテルなどの建設領域でも受注を伸ばしたい」との方針を示しています。ですから今後トランスフォーメーションを目指す建設会社は、いくつかの重点領域を決めたうえで標準化を進めると良いですね。例えば物流倉庫やマンションなどの建物であれば、「垂直統合モデル」が取りやすいのではないでしょうか。
先ほどKaterraのモジュラーデザインの例で解説したように、物件固有のユニークさが求められる商業施設などでは、お客様に寄り添いながら価値提供をする。そして物流倉庫やマンションなどでは標準化を適用するというように、建物の種類によってアプローチをうまく切り替えて対応することが重要な観点だと考えます。
-建て種や規模などに応じて、いかに攻め方を変えられるかがポイントになりますね。
私自身も日頃からお客様には「ビジネスの重点を決めましょう」とお伝えしていますが、人を余らせてはいけない、来た案件にはすべて対応しなければならないという事情もあり、なかなか進まないのが実情です。
ただ、「垂直統合モデル」の要素を少しでも取り入れれば建設業界の現場が劇的に改善する余地は残っています。現在は建設企業が案件を選べる状況になっていることによって風向きが少しずつ変化してきた実感がありますが、ここで利益の向上だけを考えて案件を選ぶのか、モノの標準化を進めるチャンスと捉えるのか、でその企業の将来が大きく左右されると考えられますので、改めてビジネスの重点を絞ることの重要性を伝えていきたいと思います。
まとめ:建設業界は今まさに転換点を迎えている
-新井本さんの著書「ゼネコン5.0」では、建設業の課題や今後について深く切り込んでいますよね。本の中で出てきた「業界OS」というキーワードが面白いと感じたのですが、これについて詳しくお聞かせください。
前編の記事で、企業運営にまつわる6つの要素について、建設業界では「チームマネジメント型」、製造業界では「プロセスマネジメント型」の運営方法が主軸であるとお話しました。
業界OSとは、これまで建設業界がとってきた運営の手法を指しています。これからの建設業界をうまく回していくためには、やはりDXは避けて通れない道です。デジタル推進を行う際に製造業的な「プロセスマネジメント型」に寄せていくのか、または建設業らしさを残しながら「チームマネジメント型」に合ったDXを進めるのか。そんな選択が迫られる状態を「OSのアップデート」になぞらえています。
【建設業界の「チームマネジメント型」のイメージ図】
【製造業界の「プロセスマネジメント型」のイメージ図】
-業界OSをアップデートする中では、組織の方向性を踏まえた考え直しが必要になりますね。新井本さんとしては、建設業界で他産業のノウハウを効かせた取り組みを進めるべきだと思いますか。よく「建設業は違うから」と聞きますが、やはり取り入れるべきところは参考にするのが良いとお考えなのでしょうか。
私の考えでは、他産業のノウハウも使った方が良いと思います。ただし、その際に「建設業は違う」と一言で表現するのではなく、具体的にどれだけ違うのかを徹底的に明らかにすべきです。「建設業と他産業のDX先進企業は違うから適用できない」と言うだけでは、その先の変化は生まれません。できるだけ身近な要素にまで落とし込んで違いを比較していけば、例えビジネスのやり方が違っていても工夫すれば建設業にもそのノウハウが適用できることが見えてくると思います。
-最後に、建設業でDXを進める立場に置かれているものの、なかなかうまくいかないと思っている方に向けてアドバイスをお願いできますか。
私が建設業界のお手伝いを始めた2015年頃は、標準化の話をしても「何を言っているんだろう」という反応がほとんどでした。しかしそこから10年ほど経過した今、標準化の話題は徐々に注目を集めています。それは標準化が必要だと考える方や、標準化の取り組みを少しずつ始める会社が増えてきたからだと思います。
建設業界はまだまだ改善の余地がたくさん残されています。それがDX推進の障壁になっているという見方も確かにありますが、一方で自分の考えで仕事を変えていく作業は非常に楽しいものです。
お客様により喜んでいただくために仕事を変える、しかも自分の担当範囲ではなく会社を横断して仕事を変化させられる。これはDX推進担当者が味わえる醍醐味です。行動次第で大きな成果を出せたり、変革の風を巻き起こせるチャンスがありますから、ぜひ業務や組織の変化を楽しみながら進んでいただきたいと思います。

-時代の流れに合わせて従来と同じことを繰り返すのではなく、会社のあり方そのものを柔軟に変革していかなければ、DXのさらに先には進めません。ここ数年で建設業のマインドセットが大きく変化する中で、まずは各社がDXの「トランスフォーメーション」から着手する重要性が伝わってくるインタビューでした。新井本さん、学びの多いお話をお聞かせいただきありがとうございました。
