【連載】発注者からみた建設DX | 維持管理の重要性と、ディベロッパーとしての考え方(第3回)


連載企画「発注者からみた建設DX」の3回目となる本記事では、荒井商店の清水 浩司氏が、不動産所有者にとっての維持管理の重要性と今後のDX推進について解説します。

さらにディベロッパーとして、業界の標準的な考え方と荒井商店の取組みについて伺います。

他の連載記事はこちら

▼連載1回目:【連載】発注者からみた建設DX ​| 国交省のBIMモデル事業で浮き彫りになったBIM活用の課題(第1回)

▼連載2回目:【連載】発注者からみた建設DX ​| 不動産・住宅分野やSDGs・ESGへのBIM活用の可能性(第2回)

▼連載4回目:【連載】発注者からみた建設DX | パートナーの条件(第4回)

▼連載5回目:【連載】発注者からみた建設DX | 社会全体に浸透するDXと荒井商店のこれから(第5回)

ビルやマンションに対しての「維持管理」の重要性

建物の耐用年数や日常の使い勝手に直結

昨今、マスコミ報道で分譲マンションの維持修繕コストの積み立て不足で適切な修繕が出来ないケースが問題として取り上げられています。以前は目先の必要コストを低めに提示し販売促進につなげるという手法が用いられる場合も多かったのですが、現在は各社マンションディベロッパーも販売時点で中長期的なLCC(※1)を作成し、計画的な維持修繕に必要なコストを修繕積立金として提示した上で販売する事が一般的です。

建物の耐用年数として鉄筋コンクリートや鉄骨といった構造躯体は、適切な施工が行われていれば法定耐用年数(※2)よりも大幅に長持ちします。実際に建物を運用していく上で問題になるのは、屋上防水や建具廻りのシールなどの漏水対応、給排水や空調換気などの設備関連の老朽化です。

これらのポイントに対し実際に漏水が起きてから、空調が効かなくなってから対応するのではなく、日常的な維持点検を行い、消耗部品や交換推奨部品などを計画的に交換して、トラブルを未然に防ぐことで広範囲に被害が及ぶことを回避し、建物や設備の適切な更新を図る事で、長期的に安定して運用する事が可能となります。

通常、当社のような不動産所有者は外部の建物管理会社に、清掃などの日常管理、定期的な法定点検、トラブルの一次対応、設備の維持管理などを委託しています。管理会社は建物の規模に応じて、管理員を常駐させる場合と巡回で管理する場合がありますが、日報や点検記録などは手書きで行い、連絡、報告にはいまだに電話やFAXを利用する事が一般的です。

1回目にお伝えした令和2年度の国交省「BIMモデル事業」で建物の維持管理にBIMモデルの有効活用を検証するに際し、この旧態依然の業界体質が大きなハードルとなりました。その為、まずは維持管理ソフトウェアを導入し、業務のDXを推進した上で、そのシステムにBIMモデルを連携させるフローを構築しました。

折よく施工を請け負った前田建設工業が維持管理ソフトウェアの開発を行っており(※3)、維持管理用のBIMモデルの作成も委託し、データの連携をスムーズに実現する事が出来ました。ただ、このスキームを運用するためには管理会社の協力が不可欠です。実際、業者選定段階で維持管理ソフトウェアを使う事に抵抗感を示す業者も多く、業者選定の幅が狭まる事も事実です。

また、システム化には協力いただける管理会社でもBIMモデルとの連携の経験がある業者はほとんど無いのが実態で、BIMモデルに反映された維持修繕記録を閲覧する事は出来ても、変更に応じてBIMモデルの修正まで行う事は委託出来てはいません。今後、年数を重ねBIMモデルの修正が必要となった場合は、別途専門業者に委託する必要があると考えています。

※1:LCC(ライフサイクルコスト)
建物のライフサイクルにわたって発生する費用のこと。一般的にマンションのLCCは修繕・更新費用を年次ごとに示している場合が多い。

※2:法定耐用年数
法定耐用年数とは、国が定めた固定資産を使える期間のこと。建物の種別によって細かく定められています。

※3:ichroa (アイクロア)
施設所有者の施設管理業務を効率化できる建物履歴管理システム。管理業務の効率化、エネルギー使用量の削減や計画的な修繕などが実現できる。

維持管理BIMモデルのメリットがはっきりするには時間が必要

維持管理のDXは即効性の効果がありました。連絡、報告が一元化できた上に、デジタル化された記録が残る事は、不動産に紐付くエビデンスとして非常に有効です。実際に不動産の取引には権利関係、建築関係、維持管理関係と大量のエビデンスが必要となりますが、そのほとんどがいまだに紙ベースです。

特に前所有者が個人であった場合はこれらエビデンスの保管管理状態が悪く、エビデンスの散逸や不整合が多々起こります。その中でも、維持管理に関するエビデンスはその重要性が軽く扱われており、建物調査でも判然としない事が多く、購入してから予期せぬ不具合が発生し、多額のコストが必要となる事も珍しくありません。維持管理DXを実現する事で、維持管理に関するエビデンスの質は飛躍的に向上すると期待しています。

しかしながら、維持管理に対するBIMモデルの有用性に関しては業界全体で活用事例がほぼ無いに等しく、コストと手間をかけてモデルを作成し、維持管理DXとの連携を実現させることが必要な投資であるのかどうかは、正直わかりません。テクノロジー目線での先走りかもしれませんし、先進的に時代に先駆けた有効な投資となるかもしれません。

維持管理でBIMモデルに修正が必要となるような大きな修繕や更新が発生するのは築年数が10年を超えてからです。将来に向けた検証の為にも、今後の新築建物には維持管理DXとBIMモデルの連携を実現していきたいと考えています。

ディベロッパー各社はどうみているのか

膨大な所有不動産のBIMモデル化

先程、「新築建物」と記載しましたが、実は業界的に大きなテーマとなっているのが膨大な「既存建物」の取扱いです。大手不動産会社や創業の古い老舗不動産会社は既に数多くの不動産を所有、運用しています。新たに開発する不動産についてはDXを最大限利用して計画を推進するはずですから、結果的にBIMモデルが作成され、その他のエビデンスもデジタル化されストックされます。

当然に不動産各社において粛々と進められている作業ではあるのですが、いまテーマとなっているのは「既存建物のBIMモデル作成を行うべきか」という問題です。所有不動産の維持管理やエビデンスの品質を平準化する為には既存建物へのDX利用、紙データのデジタル化や維持管理に対するシステム化が必要になります。

理想と現実のギャップに苦しむ不動産業界

実際に国交省「BIMモデル事業」でも、既存建物の維持管理の効率的運用を目途とした既存建物のBIMモデル作成プロジェクトが採択され、成果報告がされています。生産性の向上や業務の高度化が実現した事例もあり、長期的に考えると業界全体で取り組むべき課題であることが浮き彫りになりました。

しかしながら、現時点ではコストに対するメリットが小さく、また将来的にエビデンスとして本当に有効に活用される確証がない現状では、積極的な取り組みに至っていないのが現実です。この問題は不動産会社各社が自律的に取り組む以前に業界全体、国の政策も含めた官民一体となった取り組みが必要です。

1回目で触れた補助事業のように国交省主導で予算を確保し、国としての標準フォーマットや標準フローの策定、不動産取引に関わるエビデンスのデジタル化推進など、大きなビジョンを示していただき、国際競争力を高めていく必要があるように感じています。

まとめ

この記事では、ビルオーナーの立場から不動産・住宅業界における維持管理の重要性、不動産DXの現状と今後の方向性について清水氏に語っていただきました。

次回の記事では、「パートナーの条件」をテーマに解説します。