【連載】発注者からみた建設DX | 国交省のBIMモデル事業で浮き彫りになったBIM活用の課題(第1回)
人手不足や生産性向上、脱炭素化などの課題から建設業界ではDXやSDGs・ESG推進が求められています。こうしたビジネストレンドに対応するために、建築物・景観の担い手である発注者と今後どう取引していくべきか、疑問に思う方もいるでしょう。
こうした疑問に、首都圏で賃貸ビルの経営や不動産仲介、高齢者向け介護事業などを営む荒井商店の清水 浩司氏が連載企画「発注者からみた建設DX」でお答えします。
連載第1回目は「国交省のBIMモデル事業で浮き彫りになったBIM活用の課題」です。
目次
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▼連載3回目:【連載】発注者からみた建設DX | 維持管理の重要性と、ディベロッパーとしての考え方(第3回)
▼連載4回目:【連載】発注者からみた建設DX | パートナーの条件(第4回)
▼連載5回目:【連載】発注者からみた建設DX | 社会全体に浸透するDXと荒井商店のこれから(第5回)
コロナ禍を機に変化したDXに対するマインド
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけとして、ゼネコンやメーカー各社の営業マンからオンライン商談を持ち掛けられたときは微妙な違和感を覚えました。建設業界に限らずwebによるコミュニケーションが普及し始めている時期ではありましたが、当時は営業や商談というニーズにはそぐわないツールであると感じていました。
しかし、今となってはオンライン会議は業務の中に溶け込み、建設業向けの様々なクラウドサービスも増えているように思えます。実際に私も現場に行かずにオンラインで業務する機会が多くなりましたが、信頼できる取引先であれば何の問題もありません。
遠方まで出向く必要がないので移動時間を短縮でき、コストパフォーマンスも断然伸びたように感じます。こうした理由から時間短縮や生産性向上を実現するデジタル化はどんどん進めていくべきと考えています。
荒井商店の建設DXの転換期となった国交省のBIMモデル事業
令和2年度の国交省「BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」(以下BIMモデル事業)に採択されたことが、当社における建設DXのターニングポイントです。
当社の立場はいわゆる「発注者」であり、積極的にBIMの運用を設計事務所やゼネコンに求めてはいませんでしたし、ましてやBIM活用の計画的なフローを作り、ターゲットラインを決めてBIMの効果的運用を主導することなど考えてもいませんでした。ただ、漠然とではありますが所有不動産の維持管理にBIMを利用する事が、長期的に見れば発注者にとってメリットとなる可能性があるのではないかと思っていました。
しかし、明らかに効果がある事を示すような他社事例や知見のない中で、予算を確保する事は相当に難しいとも感じていました。そんな折に令和2年度の国交省「BIMモデル事業」が公募されることを知りました。折よく、当社では「プレファス吉祥寺」という新築ビルを着工し、前田建設工業に施工を担当してもらっていました。私から前田建設工業の曽根グループ長に連絡を入れ、BIMモデル事業に「維持管理BIM作成業務等に関する効果検証・課題分析」というテーマで、当社と共同で採択提案しないかと声がけしたのが、建設DXのターニングポイントとなったきっかけです。
BIMのコストメリットを発見するため再びBIMモデル事業に挑戦
令和2年度のBIMモデル事業では、実プロジェクトの現場運営にBIMを使うことや維持管理に必要なBIMモデルの作成に注力していました。そのため、BIM活用のコストメリットについてはあくまでシミュレーションに基づく報告となりました。
その為、令和2年度の経験を活かし、更なる具体的なBIM活用の可能性を検証する為、日建設計と共同で令和3年度のBIMモデル事業に「Life Cycle Consulting 発注者視点でのBIM・LCCに関する効果検証・課題分析」というテーマで採択提案を実施しました。
令和3年度の事業では、「ライフサイクルコンサルティング」という切り口で前年よりも踏み込んでBIMを活用し、BIMを用いたライフコンサルティング業務を行う日建設計と一緒にゼネコンの選定も含めてプロジェクト推進の上流での運用にトライしました。
令和3年度はEIR(※1)を明確に提示し、ゼネコン各社から見積もりをもらうときにBEP(※2)を提出してもらいました。EIRを明確にしておけば、本工事におけるゼネコン側のBIM活用に関するコストや技術提案を明確に共有化する事が可能であり、またゼネコンの自主的なBIM活用の促進にもつながると考えました。
発注者の目的は「約束した予算、工期の中で見積図面や仕様書といった条件書面通りに、明記されているスペックでゼネコンから建築物を引き渡してもらうこと」です。
BIMのおかげで設計途中や建設途中の打ち合わせを3次元で行えるメリットは享受したものの、これはBIMの本質ではなくBIMに期待する真の発注メリットとはいえません。
※1:EIR(Employer Information Requirements)
「発注者情報要件」を表す用語。特定のプロジェクトにおいて、発注者として求めるBIMデータの詳細度、プロジェクト過程、運用方法。契約上の役割分担等を発注者側がテンプレートに沿って作成。
※BEP(BIM Execution Plan)
「BIM実行計画書」を表す用語。特定のプロジェクトにおいてBIMの活用目的、目標、実施事項とその優先度、詳細度と各段階の精度、情報共有・管理方法、業務体制、関係者の役割、システム要件等を定め文書化したもの。プロジェクトの関係者間で事前に協議し合意の上、要件書として入札者側が発行。
今後のDX推進やBIM普及で発注者や業界全体でやるべきこと
とにかく今は「BIMを使うことで手にする付加価値」を具体的に示せるよう多くの事例を作っていく必要があると思います。
日本の建設業界における請負契約という構造には、誤解を恐れずに表現すると「発注者が主体的に動き過ぎず」「請負者が主導的に判断し決定する」事が建設プライスを抑えられる傾向があると思っています。そのため、発注者側から「BIMを使ってほしい」「このソフトを使ってほしい」という要望を出す事は発注者にとって非常にストレスのかかる行為である事を理解していただき、建設業務の中でBIMの運用をより標準化する事で建設業界全体で大きな意識改革に取り組む必要があります。
そういう意味では、2022年末に国交省が発表した「建築BIM加速化事業」における国費80億円の補助金事業は、BIM活用のコストメリットを見出せないことで予算確保が難しい発注者も多く存在する中で、非常にインパクトがあります。
BIMモデル事業や補助金をうまく活用して、多くの事例を生み出していくことが今は重要です。その中からBIMを使用する発注者側の付加価値を発見できるでしょう。
まとめ
清水氏は荒井商店が令和2年度と令和3年度の国交省のBIMモデル事業における採択提案で、発注者がBIM活用のコストメリットや付加価値を明確に見いだせない課題があることを発見。
それを解決するには、国交省のBIMモデル事業や補助金をうまく活用して、多くの事例を作ることが重要だと、清水氏は主張します。
連載2回目は、発注者からみた関連企業のBIM活用に対する姿勢や発注者のSDGsやESGへの意識について解説します。