これから求められる構造設計とは?建設DXによる変化を解説

日本の建築物の設計プロセスには、「意匠設計」「構造設計」「設備設計」の3つがあります。なかでも、地震大国の日本において、構造設計は人々の命を守る重要なプロセスです。

現在、建設業界は労働力不足などを背景に建設DXに取り組んでいます。そのなかで、構造設計のプロセスなどに変化が生じているのをご存じでしょうか。この記事では、建設DXをリードしているスーパーゼネコンでみられる変化を参考に、これからの構造設計について解説します。

これから構造設計者になろうと考えている方や、所属している企業が建設DXに取り組み始めたという方は、ぜひご覧になってみてください。

構造設計とは

はじめに、構造設計の基本的な目的や仕事内容などについて解説します。ここで述べる内容は、昔から変わらず構造設計で大切にされていることです。建設DXのなかで構造設計者として活躍したい方も、安全・安心な建物を提供するために、構造設計の基本を忘れないようにしましょう。

構造設計の目的

「提言「建築の構造設計-あるべき姿」」(社団法人日本建築学会)のなかで、構造設計は、「個々の建築に最適な構造形式を提案し、建築に作用するさまざまな力を理解し、その力によって骨組みにどういう現象が起きるかを把握することに始まり、建築に安全を、そこに暮らす人々に安心を与える行為である」とされています*1。

つまり、自重や地震、強風などにより建物にどのような力が生じるのかを把握して最適な構造形式を考え、安全な建物を実現することで、人々に安心な暮らしを提供することが、構造設計の目的です。デジタルツールが発達して建築の複雑化が進み、さまざまな役割が求められるなかでも、安全・安心を基本とすることは、これからも変わりません。

構造設計の仕事内容

構造設計の基本的な仕事内容は、以下のとおりです。

地盤・現地の調査

基礎形式の計画に先立ち、地盤を調査します。建物が受けた力は地盤に受け流すため、建物をしっかりと支えられる地層を把握します。また、現地の調査を行い、使用できる重機などを確認しながら構造計画を進めることが大切です。

構造形式の計画および材料の選定

基本的な構造形式と材料の選定を行います。柱と梁のみを耐震要素とする「純ラーメン構造」、壁を耐震要素とする「壁式構造」といった構造形式や、「鉄筋コンクリート」「鉄骨」「木」などの材料が、選択肢として挙げられます。

仮定断面の設定

設計の初期段階で関係者から求められるのが、柱や梁などの大まかなサイズを設定した仮定断面です。この仮定断面の大きさを参考にしながら意匠・設備の基本設計が進められるので、後で大きな変更が生じないように解析や計算を行いながら設定します。

構造計算・解析および詳細の決定

詳細設計の段階になると、構造計算ソフトウェアなどを使いながら本格的に構造計算・解析を行い、部材を決定していきます。また、鉄筋や鉄骨などの詳細な納まりを部分的に考え始めるのもこの段階です。

構造図・構造計算書の作成

契約と確認申請に向け、構造図と構造計算書を作成します。構造計算を詰めながら部材の詳細な納まりを構造図に落とし込んでいく必要があり、構造設計者が最も多忙な時期といえるでしょう。

確認申請

行政機関もしくは指定確認検査機関に設計図書を提出し、建築基準法と照合して問題がないかを確認します。場合によっては、追加検討や設計変更などの対応が必要です。

工事監理

着工後は、工事監理を行います。工事監理は、設計図書どおりに施工されていることを確認することであり、設計者の大切な業務のひとつです。

構造設計の魅力

構造設計には多くの魅力があります。なかでも多くの構造設計者が魅力を感じるのは、自分が考えた構造形式で建物がつくりあげられていくことで得られる感動ではないでしょうか。建物という大スケールのものづくりにおいて、自分の思想が反映されながら力強くモノになっていくことは、何ものにも代えがたい感動があります。

建物が竣工したあと、利用者が安心して生活や仕事をしている姿を見られることも構造設計者の大きなモチベーションです。「構造設計の目的」をしっかり果たせたことを感じることで、構造設計者としての成長を実感できます。

構造設計で求められる主な資格

構造設計で求められる資格は以下のとおりです。どちらも取得難易度は高いですが、一人前の構造設計者として活躍するには必要不可欠といえます。

一級建築士

建築における最も基本的な資格です。構造設計一級建築士を取得するには、一級建築士として5年以上構造設計に従事する必要があります。

構造設計一級建築士

一定規模以上の建築物の設計には、構造設計一級建築士の関与が義務付けられています。

建設DXによる構造設計の変化

前節では、従来から変わらない構造設計の概要について解説しました。ここでは、建設DXを背景にスーパーゼネコンでみられる構造設計の変化についてみていきましょう。

設計プロセスの変化

近年は、BIMやCDEといったデジタルツールの導入により、構造設計のプロセスに変化が生じています。具体的には、意匠・構造・設備のBIMをひとつのモデルに統合して干渉チェックを行う「重ね合わせ会」の登場などが挙げられます*2。

重ね合わせ会の目的は、干渉などの課題を設計段階で解決し、施工時の手戻りを減らすことです。施工ミスの是正などは設計段階とは比較にならないほどの労力・時間・コストがかかるため、多くの設計工数を投じてでも手戻りを減らせれば、全体的には合理的にプロジェクトを進められます。

構造設計者は、構造解析ソフトウェアからBIMデータをエクスポートし、重ね合わせ会で意匠・設備設計のBIMデータと統合します。意匠・構造・設備設計者は、重ね合わせ会で明らかになった課題を解決しながら調整を進め、課題の積み残しが極力ない状態でBIMデータを施工者に引き継ぐことが大切です。引継ぎ後は施工者がBIMデータを管理するのが一般的で、構造設計者は施工者のBIMを参照しながら施工段階の調整を進めていきます。

関係者からの要求の変化

建設DXを背景に、設計・設備設計者や施工者のプロセスも変わってきており、構造設計者への要求にも変化が生じています。

意匠設計者

3次元表現に優れた設計ツールが増えたことや、自由形状の施工を得意とする3Dプリンターや型枠技術が登場したことにより、意匠設計者が曲線的なデザインを提案しやすくなりました。そのため、構造設計者は、3次元解析やパラメトリックデザインを駆使した自由形状の構造設計を求められています。

設備設計者

従来は、施工段階に設備の専門工事業者の協力を得ながら配管などを納めるケースが一般的でした。しかし、BIMを導入したプロセスでは、設計段階で干渉のない納まりを提示することが求められています。今まで以上に構造設計者と設備設計者が協業し、課題の早期解決に取り組む姿勢が大切です。

施工者

前述のとおり、フロントローディングの活発化により、施工者が設計に関与するシーンが増えています。構造合理性を重視しながらも、施工者の意向を柔軟に取り入れた設計が求められるでしょう。また、施工者が取り組むBIMやCDEなどの最新技術への対応に協力する姿勢も大切です。

働き方の変化

重ね合わせ会やフロントローディングなどにより設計・計画段階で課題を解決して合理的に施工を進めるのが、建設DXが目指す新たな建設プロセスです。そのため、設計段階の労力が少し増える一方で、着工してから必要な工数が大きく減る、というのが理想の姿といえます。実現すれば、時間外労働の削減などに繋がるでしょう。

現在は、BIMで事前に解決できる課題は配管の干渉などの限られた部分に留まっています。今後は、鉄筋の納まりや外装の取り合いなど、着工後の調整で大きな負担になっている課題を事前に解決できることが期待されています。

建設DX時代の構造設計者に向いている人

それでは、建設DX時代の構造設計者に向いている人はどのような特徴を持っているのでしょうか。ここでは、建設DXにおける構造設計の変化に対応できる人物像を紹介します。

マネージメント力が高い

施工プロセスにおいて、躯体の構築は何よりも先に行われるものです。そのため、施工の初期段階において、設計者のなかで施工者との調整を行うのは、構造設計者であるケースが一般的です。フロントローディングにより施工者の参画が早まっており、この傾向はより顕著になっています。これからは、プロジェクトをリードするようなマネージメント力の高い構造設計者が求められるでしょう。

柔軟な対応が得意

前節で述べたとおり、建設DXを背景に構造設計の在り方に大きな変化が生じています。また、変化が生じているのは構造設計だけではありません。意匠・設備設計者、施工者、建築主など、あらゆる関係者に変化が生じているなか、お互いにメリットを得られるように立ち回ることが大切です。相手を尊重しながら柔軟な対応ができる構造設計者が、今まで以上に活躍していくことでしょう。

新しいツールへの対応力が高い

建設DXに取り組んでいる企業では、毎年のように新しいツールが導入されています。構造・BIMソフトウェアだけでなく、CDE、施工図管理システム、チャットツールなど、例を挙げるときりがありません。新しいツールへの対応は労力がかかりますが、使いこなせば生産性向上や新しいデザインの創出に繋がります。建設DX時代の構造設計者は、新しいツールを積極的に取り入れ、新たな価値を生み出し続ける姿勢が求められるでしょう。

おわりに

「安全・安心な建物」を提供することが、構造設計の最も大切な役割であることはこれからも変わりません。しかし、付加価値が重視される現代において、構造設計者も新たな価値を提供することが求められています。BIMやCDEなどのデジタルツールに素早く対応し、生産性向上や今までにない魅力的な空間など、自分らしい構造設計の価値を提供していきましょう。