【連載】建設業界における「デジタル化」の意義とは|芝浦工業大学 志手教授

「建築×情報」の第一人者である、芝浦工業大学 建築学部 建築学科・志手教授による連載です。2025年度のBIM確認申請試行開始が迫る中、BIMやDX化への注目度が高まっています。今回は建設業界における「デジタル化」の意義についてご紹介します。

過去の連載については、下記リンクをご覧ください。

第1回:【連載】オープンなファイルフォーマット「IFC」の可能性に再注目|芝浦工業大学 志手教授

第2回:【連載】BIM積算の現状と、概算精度向上の重要性|芝浦工業大学 志手教授

第3回:【連載】BIMのワークフローとプレコンストラクション|芝浦工業大学 志手教授

第4回:【連載】BIM利用が進む建設業界のこれからとプレイヤーの心構え|芝浦工業大学 志手教授

現場主導のデジタル化

近年、「建設テック」と呼ばれるスタートアップが元気です。その背景として、クラウドベースのアプリ開発に取り組みやすくなったこと、通信速度やスマートフォンの動作速度が実用に耐えるレベルになったこと、プログラミングの環境が整ってきたことなど、技術的な発展が考えられます。しかし、建設テックアプリの利用者が増えている理由は、技術の面だけではないと思います。例えば、ゼネコンなどが開発するアプリはあまり現場に広まりません。開発マネジメントで、セキュリティ、費用対効果、目的、業績評価などを求めすぎ、現場での使いやすさや自由度を犠牲にするケースが多い気がしています。一方で、建設テックのアプリは、現場から利用が広がっていくことが多いようです。現場の声を集めながら細かな改善を高速に重ねていくスピード感は、ITエンジニアを抱えるスタートアップならではです。

早晩、建設現場で利用するアプリはトップダウンで与えられるものではなくなると思っています。現場が必要なアプリを自ら選択し、いくつかのツールを組み合わせ、業務を効率的に行う時代になっています。プロジェクトに適したアプリの組み合わせを現場で見つけるわけですから、鮮度の高い情報をキャッチできるリテラシーが現場のベテラン層にどうしても必要です。ベテラン層は、便利なアプリについて若者から色々と教えてもらうべきです。

デジタルネイティブな世代は、様々なWebアプリを使いこなしています。具体的な名称を挙げたほうが分かりやすいと思いますので、筆者の研究室の例を示します。研究ノートやイベントのマネジメントにNotionを使う学生が多いです。思考の整理やディスカッションにMiroを使う学生もいます。Googleのドキュメント、スプレッドシート、プレゼンテーションで共同作業するのはもはや当たり前です。研究室の運営に係る永続的な情報は、Zohoというグループウエアで一元化しています。学生が新しいアプリを試してみて、良いものを教えあう文化ができています。

Webアプリを主体とすることで、場所や時間にとらわれない作業が可能となります。そうすると、勤務時間や残業時間を時刻で制限する意味が薄れます。すき間時間を好きなように使えるのが真の働き方改革だと思います。夕方早くに現場を出て、電車の中で事務処理をしながら子供を迎えに行き、夕食後に団欒がてら子供と一緒に明日の工事計画を3次元で確認・調整するパパやママはカッコイイと思いませんか。現場で駆体の状態を3Dスキャンし、それに合わせてデザインした内装をプレファブリケーションし、自分で部材を取り付けに行くクリエイター的なリノベーション工事のやり方もあるでしょう。建設業界は、このように素敵な働き方をデジタル化でいくらでも創造できる業界だと思います。

仕事の道具は進化する

この10年あまりで、建設技能者のみなさんが使う道具は進化しています。屋外の測量にトータルステーション、屋内の墨出しにレーザー墨出し器を使う光景は珍しくなくなりました。鉄筋の配筋も、ハッカーから鉄筋結束機や自動鉄筋結束ロボットに道具が変わってきています。軽量かつコンパクトな柱鉄骨溶接ロボットや、自律型清掃ロボットも需要がありそうです。工事現場の中で建設技能者の方々が、タブレットで図面を確認したり、グループチャットで現場の進捗状況を共有したりすることも一般的になりました。様々な機械や機器の性能や価格が、建設技能者の道具として選ばれるに耐えうるレベルになったのでしょう。建設技術者の道具では、高所作業車などリース機器の現在地を取得するシステム、自律移動ロボットによる巡回システム、検査や気付きなどのメモシステム、資材の自動運搬システムなど、屋内の位置情報を利用する仕組みが多いです。

様々なアプリやソフトウエアがAPIでつながって、各々のデータを相互に再利用できるプラットフォームができれば、多様なデータを絡み合わせて現場の状況を可視化・分析・推論するようなアプリを、それを必要とする現場で作成できそうです。また、そのプラットフォームに施設監視、維持保全、資産管理、施設予約などのシステムがつながれば、維持管理・運営の現場にて自分がほしいアプリを作成できるのではないでしょうか。建設DXには、道具であるアプリを作成しようとする人材が、必要なデータにセキュアにアクセスできる環境が不可欠です。このようなプラットフォームを安価に利用できるようになると、仕事の道具が一段と進化するような気がします。

図1 プラットフォームをHUBとした業務アプリ連携のイメージ

データの分類

デジタルデータを扱う上で、データの分類は欠かせません。適切かつ共通認識された分類を使っていないと、データの抽出やマッチングの際に大量のデータの海で溺れることになります。建設プロジェクトでは、多様な組織の人材が集まって、様々なデータベースを用いて仕事を進めます。それらのデータが同じ体系で分類されていれば、あちらこちらのデータベースに分散しているデータを一度にピックアップして再利用しやすくなります。分散しているデータベースのデータをつなげて再利用することが、建設産業デジタル化の根本にある概念だと思います。

分類は、図書館の図書分類法でおなじみのように、体系化されたコードを用いることが多いです。データを分類するという思考は、データをどのクラスに入れるかを考えることと同じです。例えば、引き違い窓のBIMオブジェクトデータ、サッシメーカーの引き違い窓のカタログデータ、物価資料の引き違い窓の工事費データ、ライフサイクルコストの引き違い窓の修繕周期データなどを、「Ss_25_30_95_75  Sash window systems(引き違い窓システム)」というクラスに入れます。そのクラスで問い合わせ・検索をし、必要なデータを抽出してひとまとめにすると、引き違い窓の「情報コンテナ」になります。なお、「クラスに入れる」とは、各データベースのデータや情報に業界共通認識の分類体系の番号をメタデータとして付与することです。

異なるデータベースのデータが同じクラスに入っていれば、データ相互のマッチングを推測しやすくなります。それを実現するために不可欠な分類の体系は、欧米で長い月日をかけて整備されてきました。階層が論理的であることと、建物を構成する階層との相性が、建物情報をコンピュータで扱うために重要なファクターです。日本にはそのような観点で整備された分類がありませんので、海外で実績のあるものを選択するのが最善策です。また、テーブル間の関係やその概念について知識を学ぶ必要があると思います。

図2 分類で分散したデータを抽出して再利用するイメージ

若者たちの凄み

2021年に建築情報学会が設立されました。筆者は、設立当初から理事を拝命し、本記事を執筆している時点(2023年11月)では副会長の立場にあります。これまでの活動を俯瞰してみると、他の学会と比較して建築情報学会は、学生の活躍にフォーカスしたイベントが多いと思います。今の時代、情報分野と建築分野の両方に興味を持っている学生は少なくありません。しかし、彼らは伝統的な建築学のキャンパスの中では活躍の場が限られています。そのような学生たちが腕を磨き輝く場をつくるのが、建築情報学会の役割です。

筆者が担当してきたイベントに「建築情報学生レビュー」があります。このイベントは、建築情報学に係る研究をしてきた学生が全国から集って、建築情報学会をけん引するの猛者達とディスカッションしながら自身の研究成果を発表し合います。

発表の中には、技術的にも内容的にも、大企業の研究開発を上回ると思われる研究がいくつもあります。企業の発想を学生達が超えていく理由は簡単です。学生たちの研究は「自由」だからです。ニーズを探すことや費用対効果の説明は求められませんし、慣習すらも超越できます。自由にまさるイノベーションの源泉はありません。若者たちの探求の自由こそが、建設DX推進の原動力だと思います。

まとめ

建設業界における「デジタル化」の意義とは、業界に降りかかってくる課題を解決しながら、現場の「大変」や「面倒」を解消し続けることだと思います。「大変」や「面倒」を一番良くわかっているのは現場の当事者です。その最前線にデジタルリテラシーの高い人材が居ることが建設DXの要点だと思います。そのような人材は得てして若者です。技術者・技能者を問わず、「できる若者」のデジタルスキルは、ベテラン層が思っているよりも相当に高いです。そうした若者のモチベーションを上げる業績評価や言動が将来の建設業を明るくします。それに向けた管理部門や管理職のリカレント教育が、建設DXにおいて最も重要な取り組みなのかもしれません。