【連載】BIM利用が進む建設業界のこれからとプレイヤーの心構え|芝浦工業大学 志手教授

掲載日:
Tag:BIM

著者:志手 一哉

「建築×情報」の第一人者である、芝浦工業大学 建築学部 建築学科・志手教授による連載です。2025年度のBIM確認申請試行開始が迫る中、BIMやDX化への注目度が高まっています。今回はBIM利用が進む建設業界のこれからとプレイヤーの心構えについてご紹介します。

過去の連載については、下記リンクをご覧ください。

第1回:【連載】オープンなファイルフォーマット「IFC」の可能性に再注目|芝浦工業大学 志手教授

第2回:【連載】BIM積算の現状と、概算精度向上の重要性|芝浦工業大学 志手教授

第3回:【連載】BIMのワークフローとプレコンストラクション|芝浦工業大学 志手教授

BIMソフトウェアを使うということ

作図の道具を2D-CADからBIMソフトウェアに持ち替えることで、多くの時間の節約が期待できます。特に、実施設計や生産設計においては、BIMソフトウェアの機能を利用して時間短縮できる業務がいくつもあるように思います。

例えば、詳細図(平面詳細図、天井伏図など)、施工図(躯体図、外装の割り付け図、設備施工図など)、表形式の図面(建具表、仕上表など)、数量計算(部屋面積、建具数量、コンクリート数量など)、キープランなどにおけるドキュメント間の相違のチェックです。「ドキュメント間」とは、図面種別相互の間だけでなく、同じ図面内のドキュメント(平面、立面、断面など)同士の間もあります。

手書きや2D-CADで各々のドキュメントを個別に作成した場合は、基準線(通り芯、壁芯、レベルなど)、それらの寸法、符号、ラベル、要素の個数などの基本事項がドキュメント間で相違していないかのチェックが欠かせません。仮に、基本事項の変更が生じた場合は、すべてのドキュメントで修正と再チェックが必要です。別々のファイルで作成されるドキュメントは、ドキュメント間の相違が生じる可能性をゼロにできません。可能性をゼロにできないからチェックが不可欠です。

一方、正しい作法で入力したBIMデータで作成した各ドキュメントは、ひとつの建物モデルを様々な見方で表現しているだけなので、ドキュメント間の相違は生じません。3Dモデル、図面、建具表、仕上表、面積表などのビューは、同じデータを異なる表現にしているだけです。相違の可能性がゼロならば、ドキュメント間の相違チェックは無用です。様々な場面で基本事項の相違チェックが不要となれば、相当の時間が浮いてきます。

正しい作法とは何でしょうか。それは、BIMデータと連動しないデータ(2D加筆とも言います)を入力しないことです。BIMを導入するならば、BIMソフトウェアで2D加筆をしなくてもチェックができる業務環境に変えなくてはいけません。そのワークフローを構築するクラウドシステムがCDE(Common Data Environment:共通データ環境)です。

図1 図面ベースとBIMベースのチェック業務のイメージ

BIMソフトウェアを使うことの効用

苦行をしたくてBIMに取り組む人はいません。BIMを導入する目的がどれだけ高尚なものであっても、データをあつかうメンバーが「BIM楽しい」と思わなければ実行はうまくいかないでしょう。その楽しさをもっとも感じやすいのは誰でしょうか。それは、BIMソフトウェアを使って仕事をしている人たちです。BIMソフトウェアを使い慣れているからこそ、ワクワクするような使い方を発想できます。

図面ベースのプロセスでは、詳細図、天井伏図、躯体図などをバラバラに描き、各々の図面に対する調整、検討、作図、検図、修正などに多大な時間と工数を費やしています。また、時間をかけて、意匠、構造、設備を重ね合わせた総合図を指定の書式通りに作成しても縦配管の干渉しか判別できません。結局、総合図は、設計者が設備機器の配置確認くらいにしか使われていないのかもしれません。

BIMベースのプロセスでは、BIMソフトウェアを使って干渉や納まりを確認しながら部材の配置を決め、部材や機器の配置の合意をフェーズゲートとし、それをクリアしてから建築確認や契約に必要な図面を仕上げるプロセスとすることで調整、検討、作図、検図、修正などの時間や工数を削減する事ができます。

BIMソフトウェアでは、コンクリートや建具などの数量把握も容易です。プログラミングの知識が少しあれば、型枠、足場、打設計画に合わせたコンクリート数量(工区分割や梁下の数量など)などを出す工夫もできるでしょう。BIMデータから得られる情報を応用して、業務を手際よく進めることも考えられます。色々な工夫が上手くいったり、手戻りにつながる不整合を見つけたり、便利な機能やアドインを知ったりすることは楽しいです。その楽しさを味わうためにBIMソフトウェアを用いるのが自然な流れだと思います。「BIM楽しい」の常習者が集まれば、建設現場のデスクワークはより効率的になると思います。

図2 BIMベースのプロセスの概念図

技術者と図面

1990年代までは、建設会社の社員が現場事務所や内勤部門で施工図を描いたりチェックしたりする状況が残っていたと思います。2000年過ぎに発生したITバブル崩壊の余波で、バブル経済後の失われた10年で傷みつつあった建設市場の環境がさらに悪化しました。その頃に流行していたのは「コアコンピタンス」という概念です。コアコンピタンスとは、競争優位の源泉となる能力のことです。当時の建設会社でよく耳にしたのは、施工管理におけるコア業務とノンコア業務の分別でした。

ちょうどその頃に、建設業界では作図の手法が手書きから2D-CADに完全移行しました。手軽にインターネットが使えるようになり、Eメールなどで図面を安価かつ瞬時に受送信できるようになったこともCADの普及を後押ししたのでしょう。

こうした経緯もあり、施工管理のコア/ノンコアの議論では、CADの操作とワンセットになった作図業務が「ノンコア」業務に位置づけられがちでした。

筆者が若手の施工管理担当者だった1990年代中盤に、担当していた建設現場に来ていただいていた型枠大工のベテラン職長の言葉が今でも忘れられません。日中は状況確認で現場に出ずっぱりだった私を呼びつけ、彼は次のようなことを言いました。「施工管理者は現場ばかりにいないで、現場事務所で間違いのない図面をしっかり作ってくれ。躯体図に間違いが無ければ、俺たちは間違いのない型枠を作ってやるからしょっちゅう見に来なくていい。図面がおかしければお前を呼びつけるから、いつでも連絡が取れるようにしておいてくれ。」そう言われ、技能で勝負をしている職人である彼は、施工管理者は図面で勝負をしろと言っているのだと理解しました。

それからは、躯体図に限らずどんな些細な仮設足場でも図面を描いて職人と打ち合わせをしていました。作図で楽をするためにCADを覚え、手際よくチェックや検討をするために外部参照を駆使したり3D-CADを修得したりしました。また、CADを使っているからには、コンクリート、型枠、足場などの数量を手際よく拾えないかと考えるのは技術者の性です。図形データをカウントしたりEXCELを併用したりするなど、ささやかな工夫もしていました。

2000年頃の建設会社におけるコア/ノンコアの議論では、施工管理者のコア業務は現地現物の確認であり、その時間を最大限に確保すべきとの結論だったと思います。一方で、CADを用いた作図業務はノンコア業務に位置付けられました。当然のことながら、ノンコア業務のアウトソーシングが進み、「CADオペ」という職能が定着していきます。その傾向は、ゼネラル/サブを問わずコントラクターで見られました。それから10年ほどが経過し、施工図に係るノウハウの外部移転が行きわたったころにBIMが普及し始めました。現在のBIMデータ構築も、当時のコア/ノンコア議論の延長線上にあるように感じます。

筆者による仮設足場計画(2007年頃、MicroStationを使用)

BIMデータは建築生産プロセスのコアデータ

海外で作図外注という職業が存在するのかどうか知りませんが、米国、英国、ベトナム、中国など、これまでに現地で話を聞いた国の設計事務所やゼネコンでは、社員がBIMソフトウェアを使っていました。英国や米国の設計事務所では、ビギナーはドラフトマンから始まってアーキテクトにステップアップしていきます。したがって、作図ソフトウェアを操作できない所員はいません。現在は、作図ソフトウェアがCADからBIMに置き換わっています。アジア地域はBIMの普及期に差しかかっています。私が訪問した設計事務所や建設現場では、社員自身がモデリングをしていました。その理由を聞いたところ、自分たちでやらないとBIMの良さや応用を理解できないからと言っていました。もしかすると、欧米やその影響を受けている国は水平分業の文化、日本は垂直分業の文化なのかもしれません。そして、水平分業ではコーディネーション、垂直分業ではデータの受け渡しにCADやBIMなどのデジタルツールの焦点があてられがちなのでしょう。いずれにしても、BIMソフトウェアを使わずにBIMのメリットを理解するのは難しいかもしれません。また、BIMソフトウェアを熟知していなければBIMマネージャーは務まりません。

BIMデータが建築生産プロセスのコアデータであるという考え方は、概ね正しいと思っています。しかし日本の建設現場では、コアデータ構築の根底である作図能力や図面のチェック能力が外部化している可能性があります。最近は、専門的な作図を担う人材の不足を懸念する声も聞こえてきます。また、アウトソーシング先が2D-CADで作図した図面を内勤の推進部門でBIM化しても、現場の施工管理者は「BIM楽しい」を感じないでしょう。図面からBIMデータを起こすのは、設計施工分離発注における契約図面の可視化など戦略的な目的がなければ、図面からBIMデータを起こした分だけ余計な費用がかかります。BIM利用をより発展させていくために、現状の垂直分業体制を急に変えることは難しいです。変えられないとすれば、作図やモデリングのアウトソーシング先を対等なパートナーとしたBIMソフトウエアの導入、トレーニング、業務改革の心構えが必要だと思います。