【連載】BIM積算の現状と、概算精度向上の重要性|芝浦工業大学 志手教授

掲載日:
Tag:BIM

著者:志手 一哉

「建築×情報」の第一人者である、芝浦工業大学 建築学部 建築学科・志手教授による連載です。2025年度のBIM確認申請試行開始が迫る中、BIMやDX化への注目度が高まっています。今回はBIM積算の現状と、概算精度向上の重要性についてご紹介します。

過去の連載については、下記リンクをご覧ください。

第1回:【連載】オープンなファイルフォーマット「IFC」の可能性に再注目|芝浦工業大学 志手教授

BIM積算の状況|ソフトウェアの活用

BIMで積算を自動化することへの期待は多く聞かれます。BIMソフトウエアはモデリングしたオブジェクトの数量を取得できますので、BIMで積算を自動化するもっとも確実な方法は積算対象の資材をモデリングすることです。日本には、仕上げ表など一定の入力情報に基づいて資材のモデリングを自動化して積算数量の確実な取得を狙ったBIMソフトウエアのアドオンツールの例があります。モデリングを自動化することの最大の効果は「データ表現の正規化」です。BIMオブジェクトやそのメタデータの命名規則が人や企業ごとにバラバラでは、名寄せなど自動積算をするまでの準備が大変です。正規化されたデータのBIMオブジェクトを自動発生させる方法でBIM積算を自動化するアイデアの実装は、他国に先駆けていると言えるでしょう。

国土交通省大臣官房官庁営繕部は、2023年度から「BIMデータを活⽤した積算業務(BIM連携積算)」の試⾏を開始しました。この試行では、BIMデータから、躯体や仕上など連携対象とする部位の形状情報と属性情報を抽出し、これに「公共建築⼯事積算基準」等の規定に基づく条件など、積算に必要となる条件やデータ等を追加して、BIMデータから得られる基本的な数値を利用した積算を⾏うことに対して効率的な数量拾いと集計方法の検討をおこなうとしています。連携対象とする部位が最初は限定的であっても、試行を繰り返していく中でデータ入力ルールや設計者と積算担当者の役割と責任分担が明確化していくでしょう。また、全ての項目でBIM積算ができなくても、確実な拾いをできる資材の割合が少しづつ広がっていくことで、積算業務は間違いなく効率化します。官庁が牽引したBIM積算の試行は、他国に先駆けていると言えるでしょう。

BIMデータを取り込める積算ソフトウエアもあります。BIMオブジェクトは、建材の集合体です。例えば「窓」というオブジェクトは、ジオメトリの有無に関わらず、サッシ、ガラス、ガスケット、水切り、額縁、膳板、トロ詰めモルタル、建具周囲シーリングなどの建材で構成されています。建材の数量は、窓オブジェクトから得られる寸法(幅、高さ、見付け、見込み、チリなど)を用いて計算することができます。そうした数量を、建材の仕様をあてがいながら積算基準に基づいて計算し、計算結果を工種別内訳に仕分けるのが積算ソフトウエアの役割です。積算ソフトウエアは各国の基準、標準に従う必要があります。また、調達のあり方に応じて単価の考え方が異なります。そのため、積算ソフトウエアは自国産が多くなりがちです。

ターゲットバリューデザインとは

BIMデータを用いた積算で期待されるのは、設計初期段階における概算項目の粒度を明細のレベルに引き上げることだと思います。たとえ仕様が仮定であっても、明細と同じ細目で概算ができるならば過去のプロジェクトの単価データを利用できます。粒度の高い概算で設計初期段階に目標コストを合意し、目標コストを下回るように設計を進めることを「ターゲットバリューデザイン」と言います。

従来の調達では、設計が完了してから積算し、想定していた予算を超えることが判明した場合、建設コストを予算の範囲に収めるためのバリューエンジニアリング(VE)をします。しかし、設計後のVEは、VE検討に係る施工者の手間、その採否を検討する発注者の手間、設計変更に係る設計者の手間、再見積もりをする積算者の手間などがかかり、生産的な行為とはとても言えません。

それに対してターゲットバリューデザインは、設計初期段階で要求水準、設計余条件、目標コストを明確にして関係者間で同意し、建物の各所におけるコストのバランスを調整しながらVEと設計を同時に進めるため、設計・生産プロセスの各所で手戻りや手直しを減らす「清流化」に直結します。

図1 ターゲットバリューデザインにおけるコストマネジメントのイメージ
(日本建築積算協会「BSIJ情報委員会シンポジウム -ターゲットバリューデザインへ」資料より)

BIMオブジェクトから基本的な数量を瞬時に取り出せるのであれば、設計の初期段階で概算項目の粒度を高めることができそうです。LOD(level of detail)が高くないBIMオブジェクトでも、そこから基本的な寸法を得て建物要素や建材の仕様を仮定すれば、明細同様の粒度で概算できます。

そのためには、建物要素や建材の仕様を推定できるインプット情報が不可欠です。日本建築積算協会の情報委員会は「LOC(level of costing)」という造語と独自の概念をつくり、項目の粒度の高い概算に必要な設計余条件や要求性能の整理に取り組んでいます。

そこで構想しているのは、粒度の高い概算項目に対し、仮定が多い状態から確定が多い状態へと設計の進捗をモニタリングするコストマネジメントです。目標コストに対する増減をマネジメントの対象とするのであれば、BIM由来の数量の精度や積算基準由来の数量との誤差はまったく問題になりません。

また、目標コストに収める目的が達成されたならば、設計完了時点の明細は従来手法で厳密に積算するのでも良いと思います。ターゲットバリューデザインによる建設プロジェクトの清流化がプロジェクトの生産性向上に寄与するインパクトは、想像以上に大きいかもしれません。

図2 仕様を仮定するイメージ

概算項目の粒度

設計の初期段階におけるBIMデータの詳細度で概算項目の粒度を明細のレベルに引き上げるには、建物構成要素を建材に分解する必要があります。例えば、「軽量鉄骨下地間仕切り壁」は、「LGS」と「石膏ボード」に分解できます。

BIMオブジェクトから建材への分解は、BIMオブジェクトのLOD(level of detail)を高くする方法と、BIMオブジェクトから得られる寸法を用いて計算する方法があるのは先に述べた通りです。いずれにしても、BIMオブジェクトから建材のリストを取り出し、その仕様(厚みや径など)と数量(枚数や本数など)が列挙された数量データベースを作成します。床・壁・天井の表層仕上げ材は空間への要求や用途に依存しますので、部屋オブジェクトから得られる数値を用いる場合が多いです。

このデータベースを利用し、内訳書の細目で集計してコストデータをリンクすれば概算、環境負荷原単位をリンクすればLCA、修繕対象の資機材をピックアップしてLCCデータとリンクすれば中長期修繕計画が可能になると思います。また、データと電子カタログをリンクする仕組みを構築すればもの決めや流通の清流化への可能性も拓けてくるでしょう。

BIMから得られるデータを多様な用途で利用する場合、BIM由来の情報、コスト、LCA、LCC、カタログなど、各々の業務で資機材の呼び方が異なっていても同じ意味であることをコンピュータに推論させる必要があります。

意味構造は、分類(クラス)と属性の関係で記述されます。そのためには、各データがどのクラスに所属しているかを体系的にあらわす「分類体系」が必要です。業界で共通認識された分類体系によるクラス情報と、データに付与された属性情報(要求性能、厚さ、径、強度、密度など)の関係で、異なるデータベースのデータが同じ意味のものであるか否かをコンピュータが推論することは可能ではないかと考えます。

日本建築積算協会は、その分類体系に、BIMオブジェクトと同じ構造を表現できるUniclassに着目し、「uniclass(日本語版)Web検索システム」を公開しています。Uniclassにおけるその構造(Systems:Ssテーブルと Products:Prテーブルの関係)については拙著「BIMデータの分類体系の説明に挑む」を参照してください。また、Uniclassを利用したコストマネジメントへのチャレンジは、国土交通省建築BIM推進会議で実施した「BIMモデル事業」にもいくつかの取り組みがあります。

図3 BIMから得られるデータの利用イメージ

BIMで変わる積算のありかた

設計を進めながら、施工性や制作効率などを検討することで、プロジェクトのパフォーマンスを向上できる場合もあります。そのような設計の進め方を「DfMA(Design for Manufacture and Assembly: 製造組立容易性設計)」と言い、様々な国で注目を集めています。

建設技能者不足やエンボディドカーボン(原材料調達から輸送・加工・建築の過程で生じるCO 2排出量)削減は、世界共通の課題です。DfMAは、これらの課題の解決方策のひとつとして欧州を中心に取り組みが始まっています。

プレファブリケーション化による建設作業のオフサイト化は、設備投資による働き方改革や環境配慮、地域における安定雇用など社会的問題解決につながります。オフサイト化では、空間ユニットや外壁パネルなど、モジュール化を志向する傾向にあります。このようなオフサイト化に対する積算や見積りは、従来の工種別内訳が適さないかもしれません。標準は、建設業を取り巻く環境の変化に呼応して変えていくものなのでしょう。

まとめ

BIMと積算にまつわる話題を広く述べてきましたが、何にどこまで取り組むかはプロジェクトの大きさによって異なると思います。小規模なプロジェクトほど積算の自動化が重要で、規模が大きくなるほどコストマネジメントの重要性が増します。また、BIMオブジェクトと数量は表裏一体の関係です。BIMオブジェクトから得られる数量は、積算だけでなく様々な用途で利用するデータです。そのデータを活用するアドオンプログラムやアプリケーションが日本でもっと開発されてよいのではないかと思います。

参考文献

第10回建築BIM推進会議(令和5年3月28日開催)「建築BIM環境整備部会(部会1) 説明資料(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/20230328_02-01.pdf_safe.pdf)」