【連載】BIMのワークフローとプレコンストラクション|芝浦工業大学 志手教授
「建築×情報」の第一人者である、芝浦工業大学 建築学部 建築学科・志手教授による連載です。2025年度のBIM確認申請試行開始が迫る中、BIMやDX化への注目度が高まっています。今回はBIMのワークフローとプレコンストラクションについてご紹介します。
過去の連載については、下記リンクをご覧ください。
第1回:【連載】オープンなファイルフォーマット「IFC」の可能性に再注目|芝浦工業大学 志手教授
第2回:【連載】BIM積算の現状と、概算精度向上の重要性|芝浦工業大学 志手教授
改善や工夫のためにBIMを利用する
建築プロジェクトにBIMを導入する最大の目的は、実施設計、施工図、製作図など、建築生産プロセスの手戻り削減だと思います。施工段階で設計に変更が生じれば、再検討、再設計、図面・モデルの修正、変更管理やコスト管理に相当の手間や工数がかかります。変更が影響を及ぼす範囲は、設計者やゼネコンだけでなく、専門工事会社、製造者、供給業者にも広がるでしょう。変更のタイミングが遅ければ、加工・製造した資材の手直しや作り直しが生じる場合もあります。それらのために余計な人手とお金がかかります。手戻りや修正が減ることでプロジェクトの効率が上がるならば、発注者を含むすべてのプロジェクト参画者がBIM導入のメリットを得られることになります。ですが、設計変更の削減は、BIMを導入するだけでは成し得ません。建築プロジェクトの進め方に対する改善や工夫が必要です。しかし、それらの改善や工夫はBIMを用いなければ困難かもしれません。BIMを導入するメリットを探し求めるのではなく、求める改善や工夫のためにBIMを利用するという考え方に立ち返る必要があります。
工事契約後の設計変更は、発注者起因、設計者起因、請負者起因に大別できます。発注者起因とは、諸室の用途やグレード、空間配置や管理区域、設備や防災方式、目標とする評価指標やそのグレードなど、設計与条件の変更です。変更は避けられないものと言いますが、避けられないことを当然と考えるのは違うと思います。設計者起因とは、設計図書内の不整合、設計上の不具合への対応、デザイン上の都合による変更、未確定事項の工事期中における設計などが考えられます。どこまでが設計業務で何が施工図で調整することかの線引きを明確にする必要があると思います。請負者起因とは、工事着手後のVE(バリューエンジニアリング)やCD(コストダウン)、施工性を確保するための納まりや工法の変更、各種工事の調達後の細部の納まり再調整などが考えられます。これらの効果は、変更や修正に係る全ての関係者の手間や工数を差し引いて評価しなくてはなりません。
繰り返しになりますが、工事契約後の設計変更は、それをしない場合と比較して図面修正や変更管理の手間や工数が余計にかかります。加えて、変更のタイミングが遅ければ、製作や施工の手戻りややり直しが生じる場合もあります。これらで発生する追加的コストの責任は、その起因となる主体者に遡及されてしかるべきです。しかし、そこまでドライな商習慣ではないのが日本の建築産業の良いところです。ですが、人材不足が進む中で働き方改革を実践しなければならないこれからは、いつまでもそう言ってられません。そうであるならば、プロジェクトの関係者が協働し、施工段階における設計変更で生じる余計な作業の削減を追求することは、プロジェクトにBIMを導入する第一の目的になると思います。
建築生産プロセスのコラボレーション
設計者起因や施工者起因の設計変更が施工段階に生じないようにする解決策のひとつとして、施工者に設計段階に関与してもらうことが挙げられます。ここで言う施工者とは、ゼネコンのような請負者だけでなく、専門工事会社、製造者、供給業者を含みます。ただし、ありとあらゆる施工者が設計に関与するのは現実的ではありません。主にエンジニアリングを伴う施工者が対象になるでしょう。
施工者の設計関与とは、誰をどの段階にアサインするか、発注の戦略です。設計に関与する施工者に求められる役割は、設計への助言、設計支援、生産設計などさまざまなパターンを想定できます。デザインビルド発注のほか、設計支援や生産設計業務委託契約をし、設計の確度が高まった時点で工事契約を締結するやり方も考えられます。例えば、実施設計段階に施工者に助言を求めるケース、実施設計と施工を一式で発注するケース、実施設計を分担して部分の設計支援を委託するケース、基本設計以降の設計と施工を一括で発注するケース等が考えられます。それらの業務を施工者が引き受ける段階では、設計が完了していませんので、工事価格以外の評価軸も含めて企業を選定することになります。
英国や米国でも施工者が設計に関与するケースが増えているようです。ゼネコンは、負担するリスクが不透明な状態で価格競争を避けたいので、不確定要素が多ければ実費精算契約(コスト・プラス・フィー契約)を志向しがちです。それに対して発注者は、総価請負契約(ランプサム契約)か、最大保証金額(Guaranteed Maximum Price:GMP)を設定して早く建設コストを確定させたいと考えます。両国では、協調的な関係で建設プロジェクトのパフォーマンスを向上させるために、1990年代後半からパートナリングの概念が広がりました。パートナリングとは、発注者、設計者、請負者が敵対的な関係でなく、協調的な関係でプロジェクトを進めようとする概念です。その考え方を根底に、多様な発注のやり方が実践されています。
英国や米国のデザインビルドは、実施設計から開始することが多いようです。請負者が設計部門を保有していない場合、請負者は設計者と設計業務委託契約をしてデザインビルドに取り組みます。中には、発注者と契約していた基本設計の設計者が、請負者との契約に切り替えてデザインビルドの実施設計を担当することもあるそうです。そのことをノベーションなどと呼びます[1]。米国では近年、設計未着手の段階でデザインビルド契約を締結するやり方かたも見られるようです[2]。
基本計画の段階から、発注者、設計者、請負者がマルチパーティ契約を締結し、ターゲットバリューデザインでプロジェクトのパフォーマンスの最大化を目指すIPD(Integrated Project Delivery)は、米国で発展しました。近年では、発注者ー設計者、発注者ー請負者(設計段階ではCMr:Construction Manager)が従来の契約を締結しつつIPDの理念と原則に従うIPD-ishと呼ばれるやり方も出ています[3]。
施工者が設計に参画し、VE、施工計画、工程計画、工事費見積りなどを支援して設計の確度を高める業務をプレコンストラクションサービスと呼びます。米国のCM/GC方式では、ゼネコンが設計段階にCMrとしてプレコンストラクション業務を行い、設計完了後はゼネコンとして建設工事を行います。近年の英国では、請負者、専門工事会社、製造者、供給業者などに設計支援業務を委託するプレコンストラクションサービス契約(Pre-Construction Services Agreement:PCSA)が増加傾向にあるようです。PCSAと工事請負を別々に契約する2段階契約も、ポピュラーなやり方です[4]。
いずれの手法でも、プレコンストラクションサービスの契約当事者は、発注者と施工者です。設計の確度が低い状態で総価契約を締結する場合、発注者は過度な予備的費用が工事費に含まれる可能性というリスク、請負者は利益が減少する可能性というリスクを抱えます。また、設計者は新しい技術や高い要求性能を求められるエンジニアリングに精通していない場合もあります。そのため、コラボレーションで設計の確度を高めてから総価契約を締結したり最大保証金額(Guaranteed Maximum Price:GMP)を設定したりすることは、三者にとってリスク回避策になり得ます。
プレコンストラクションにおける役割と責任の明確化
施工者やエンジニアを交えたコラボレーションを行う場合、各々が建物のどの部分に対して、どの設計フェーズでどの程度の詳細度で責任を持つのかを明確にしておく必要があります。英国では「Design responsibility matrix(DRM)」、米国では「Model Element Table(MET)」などと呼ばれる建物の部分と設計フェーズからなるマトリクスを事前に作成し、発注者と設計者で合意し、各部の検討の詳細度(LOD:Level of Detail / Development)、担当者の責任範囲を明確にして早期参画者間の業務範囲を調整するそうです。
プレコンストラクション業務は工事契約の一部ではなく、独立した業務委託契約です。エンジニアとして、専門工事会社、製造者、供給業者へのリスペクト、オブジェクトベースの検討とそれを取りまとめるアーキテクトの責任などがコラボレーションの要点だと思います。
コラボレーションとBIM
実施設計で施工者やエンジニアを交えたコラボレーションを行う際に、BIMは極めて便利なツールです。複数の関係者で同時進行的に設計を行うのに、図面ベースで情報を受け渡したり大量の図面を見比べながらコーディネーションを行うのはかなり大変な作業です。オブジェクトベースのツールであるBIMでは、LODが異なるオブジェクト同士でも、異なる企業のオブジェクト同士でも、ひとつの空間に重ね合わせて干渉チェックや構成確認などができますので、コーディネーションを効率的に行えます。オブジェクト相互、つまり部材間の取り合い検討に限っては、BIM、3D、2Dなど、検討に適したツールを柔軟に使うのが良いです。標準納まり図を整備しているならば、その流用で十分かもしれません。
しかし、コラボレーション環境の基盤としてBIMを駆使せず、大量の図面で作図、調整、修正を繰り返して設計の確度を上げるのは、気の遠くなる時間がかかりそうです。成果物として必要な図面は、BIMソフトで作成するにしろ2次元CADで作図するにしろ、コラボレーションが完了した後に作成するのが効率的な気がします。
また、BIMでコラボレーションを行う場合、オブジェクトに最低限の属性を入れておかないと、そのオブジェクトをモデリングした意図が伝わりません。例えば、作成者、対象物、性能などです。その表現法はプロジェクトの関係者が共通認識している必要があります。対象物は分類体系(例えばUniclass)、性能はIFCプロパティセットなど、公知のものを建設業界全体で利用するのが手間いらずで良いと思います。
オフサイトコンストラクションへ
プレコンストラクションサービスでは、施工性の向上も重要な課題です。現場作業のやりやすさはディテールの設計に影響を受けます。特に部品同士の取り合いが施工しやすいか否かで作業の歩掛は異なり、その積み重ねで工数は大きな差になる可能性があります。また、製造者のノウハウが活かされるか否かで部品の製造のしやすさも変わるでしょう。あるいは、現場組立にするか工場組立にするかで現場の作業時間や工期は異なります。このような「製造組立容易性設計(DfMA:Design for Manufacture and Assembly)」を実施設計で行うには、プレコンストラクションサービスが不可欠なように思います。BIMでは、建物の部分をどのように分け、そのまとまりで調達をし、ひとつのオブジェクトとして設計するようなやり方も想像できます。その場合、オブジェクトの設計は自由でオブジェクト相互の納まりは標準、つまりモジュール内部は密でモジュール間は疎結合という原則を関係者で共有しておく必要があります。また、設計とエンジニアリングの適切な分業も重要です。躯体など、設計視点の最適解と施工者視点の最善解が相容れないために生じる施工段階の苦行は珍しくないと思います。
このようなモジュラー化は、大断面集成材・CLTの活用、プレキャストコンクリート化、水回り空間のユニット化、躯体とファサードの分離、空間ユニットを積み重ねるモジュラーコンストラクションなど、古くて新しいチャレンジです。
まとめ
建設業は、プロジェクトが無ければ成立しない産業です。つまり、建設産業は企業の集まりではなくプロジェクトの集まりと言い換えられます。そうであるならば、プロジェクトのパフォーマンスを高めることが建設業界の生産性向上に不可欠です。そのためには、プロジェクト全体で手戻りや修正といった余計な作業を削減する必要があります。その効果的な方法のひとつとして設計の確度を高めることが挙げられます。しかし、建物や建設の技術が高度化するほど、設計者だけで設計の確度を高めることが難しくなります。そこにプレコンストラクションの需要があります。施工者の早期参画を実践するには、コラボレーションを支える仕組みと技術の両輪が必要です。仕組みとして発注・契約方式が多様化し、技術としてBIMが発展してきました。英国や米国では発注者や設計者が主導したプレコンストラクションサービスの委託やデザインビルドの動きが顕著に見られます。様々な課題が山積している日本の建設業界にBIMの導入が広まってきましたが、建築生産プロセス変革の動きはありそうでしょうか。
参考文献
1)平野吉信「英米等における発注方式の動向~ハイブリッド方式の発展~」建築コスト研究、№84、2014
2)安藤正雄、他「米国におけるProgressive Design Buildの展開とその特性」日本建築学会、第37回建築生産シンポジウム論文集、pp.67-74、2022
3)田村篤「米国における協調的発注・契約方式の契約条項に関する研究」日本建築学会、第38回建築生産シンポジウム論文集、pp.75-82、2023
4)南雲要輔「英国の分離発注におけるアーキテクトと専門工事業者の協働の方法に関する考察」日本建築学会計画系論文集、87巻802号、pp.2515-2526、2022、https://doi.org/10.3130/aija.87.2515
5)RIBA「RIBA Plan of Work」https://www.architecture.com/knowledge-and-resources/resources-landing-page/riba-plan-of-work
6)BIMFORUM「Level of Development Specification」https://bimforum.org/resource/level-of-development-specification/