【連載】発注者からみた建設DX | 不動産・住宅分野やSDGs・ESGへのBIM活用の可能性(第2回)
連載企画「発注者からみた建設DX」の2回目となる本記事では、荒井商店の清水 浩司氏が、建設業界と密接に関係する不動産・住宅分野におけるBIMの有用性を解説します。
さらに発注者が考えるSDGsやESGに対するBIM活用の可能性を荒井商店の現在のお取り組みから伺いました。
目次
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不動産・住宅分野におけるBIMの有用性
BIMモデルの保有がビルオーナーの企業競争力の底上げに貢献
不動産や住宅の分野でBIM活用が一般化すると、賃貸不動産のBIMモデルを共有しているビルと、CADデータしか持っていないビルとの間で将来的に競争力に大きな差が出る可能性があるのではないか、と感じています。
当社はオフィスビルやテナントビルの賃貸事業を行っているため、企業や法人にオフィス空間や店舗空間などを提供していますが、C工事(※)の発注や費用負担は当然にテナント主が担います。
建物のBIMモデルをテナント主と共有する事が出来れば、テナント主はC工事を工事業者に発注する際に、BIMモデルを提示する事が出来るわけです。
工事業者は3DであるBIMモデルをデータとして活用できるため、即座に三次元上での内装デザインや家具の配置シミュレーションが可能となり、極端な話ですが1~2日でデザインパースが完成するかもしれません。現在のようなCADデータの場合、工事業者が平面図から3Dモデルを作成する必要があるので、3Dパースの完成までにはワンステップ時間が必要です。
※ C工事
オフィスや店舗の内装工事や照明器具、家具、什器の設置など、建物引渡し後にテナント主にて行う工事のこと。
様々な使い道があるテナント主が持つC工事のBIMモデル
一般的にテナント主は入居前に内覧のためにビルを訪れますが、社長や担当役員が現地を内覧できるとは限りません。そのため、テナント主の社員が社長や担当役員に説明するために建物や空きフロアの写真や動画を撮影することもあります。
しかし、BIMモデルを共有する事が出来れば現地を内覧できないテナント主のために、Web会議を使って空間内をウォークスルーしたり、実際に家具を配置した状態の3Dモデルをリアルタイムに示すことができます。
すでにマンションデベロッパーが一般のお客様にこのようなサービスを提供していますが、あくまでも内覧情報をお見せするだけに留まっています。その点、当社のようなオフィスビルやテナントビルの所有者であれば、テナント主の要望に応じてBIMモデルで様々なパターンの内装やレイアウトを提案できる可能性が出てきます。
逆にテナント主からC工事のBIMモデルを当社と共有していただくことで、設計や施工、修繕情報などの履歴が残る事となり、建物の維持管理に活用できます。
今後、BIMの運用が進めば、現在のCADデータを受け渡しするような感覚でBIMモデルを共有して、現状に合わせて修正したモデルが戻ってくるといったフローが実現する便利な時代になるかもしれません。
荒井商店のSDGs・ESGに対する取り組み
大手デベロッパーの動向
SDGsやESGは、発注者側も不可逆的に取り組まなければならない問題だという認識は持っています。しかし、当社の実態でいえば、環境を配慮したオフィスビルやテナントビル、賃貸マンションを開発する為に必要なコストに対して事業の合理性「家賃を上乗せできるのか」「入居促進につながるのか」という避けて通れない課題があります。
すでに大手デベロッパーや外資系企業は、資金調達先の金融機関やステークホルダーからの要請や指摘を受けてLEED(※)やCASBEE建築評価(※)で高ランクを取得できるスペックを実現したビルの開発や、ESG要素の高いJ-REITに投資するなど、環境配慮型の建物の開発に多大なコストをかけています。
環境配慮型のビルであることを入居判断の重要な基準とする、大手企業や外資系企業に向けて、世界標準となる事を目的とした建物の開発に舵を切り始めています。
※:LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)は非営利団体が開発・運用している建築や都市の環境の環境性能評価システムのことでグリーンビルディングの認証プログラムのこと。
※:CASBEE建築評価
建築物の環境性能で評価し格付けする手法。省エネルギーや環境負荷の少ない資機材の使用といった環境配慮はもとより、室内の快適性や景観への配慮なども含めた建物の品質を総合的に評価するシステム。
環境に配慮した電気調達や一定規模以上のビルにCASBEE評価認証を取得
しかしながら、世の中の企業すべてが環境配慮型の建物を望んでいるわけではありません。建物の規模に応じて、入居を検討する企業の規模も異なります。
当社が提供するビルに入居いただく方々はより身近で現実的な目線、「立地」や「利便性」、「建物の使い勝手」「手頃な賃料」などを重視しています。SDGsやESGに対する優先順位が低い企業に対し、割高な環境配慮型の建物を開発するのは、そもそもターゲットが異なり、ミスマッチとなります。
しかし、SDGsやESGは一過性のブームではなく、企業が中長期的な成長や持続可能な社会活動や経済活動を行うための重要な取り組みです。
そのため、当社の保有する建物は、環境配慮型の電気調達を行っていることを証明するために非化石証書(※)を取得しました。加えて、凡そ3,000㎡以上の規模の建物を目安に、CASBEE評価認証を取得するようにしています。
※非化石証書 再生可能エネルギーなど非化石電源の「環境価値」を取引するために証書にしたもの
令和3年度のBIMモデル事業では環境に配慮したオフィスビルを設計
現時点で当社にとってCASBEE評価認証を取得する明確なメリットはないような気がしています。
しかし、将来的に建物の開発でCASBEE評価認証を取得することが当たり前の流れになっていくことが想定されますし、これらの建物がBIMでモデル化されると、様々な環境シミュレーションをベースにオフィス空間や執務環境の環境問題を確認することができるようになります。
まさに新型コロナウイルスが蔓延する今、令和3年度のBIMモデル事業で採択提案した「プレファス吉祥寺大通り」では外気を積極的に取り入れるオフィスビルにする計画を立てています。
この計画では日建設計にBIMモデルをベースに、季節ごとの風向、風量に基づく自然換気が建物内部の換気量にどのように影響するのかというシミュレーションの3Dデータ作成を依頼し、それらのデータを確認した上で最終的な設計スペックを決定しています。
昨今の経済活動で「環境」は外すことのできないキーワードです。当社のSDGsやESGに対する取り組みは、大手デベロッパーと比較した場合、もちろん大きな差はあるかもしれません。
しかし、CASBEE評価認証など可能な範囲で環境に配慮した建物の開発を推進し、さらには既存の建物に対してBIMモデルを作成していくことで、環境に対してどのようなインパクトを与えるのかをシミュレーションできるようになれば、大きな付加価値となるように感じています。
まとめ
この記事では、ビルオーナーの立場から不動産・住宅業界におけるBIMの有用性とSDGs・ESGへのBIM活用の可能性清水氏に語っていただきました。
連載3回目では、建物の維持管理の重要性と、デベロッパーとしての考え方をお届けします。