インフラを守る点検会社を、DXで支えたい。TRASSが橋梁点検の効率化に挑む理由 【前編】

橋梁をはじめとするインフラの維持管理では、点検業務の重要性が高まる一方で、現場記録の整理や写真管理、成果品作成など、多くの手作業が依然として残っています。特に橋梁点検では、現場で記録した内容を事務所に持ち帰り、CADやExcelへ転記する作業が発生するなど、点検会社にとって大きな負担となっています。
TRASS株式会社は、こうした課題に対し、独自のCAD解析技術を活用した橋梁点検支援サービスを提供しています。現場での点検から成果品作成までを一気通貫でつなぎ、業務全体の効率化を目指す同社は、なぜ橋梁点検のDXに挑戦しているのでしょうか。
前編では、橋梁点検業界が抱える課題と、TRASSのプロダクトが実現する業務変革について、代表の越智氏に伺いました。
プロフィール

越智健心氏 (TRASS株式会社 代表取締役)
京都府福知山市出身。近畿大学2025年度卒。
大学在学中に建設現場の実務を経験。その後、点検・補修現場に携わる中で、これからの土木インフラは造るだけでなく、日々の維持管理が極めて重要であると実感する。
並行して、建設SaaSスタートアップにてPdMに従事し、現場課題をプロダクトに落とし込む経験を積む。
現在は、インフラ点検AI SaaS「TRASS」を開発・提供し、橋梁点検を中心とした維持管理業務の効率化と品質向上に取り組んでいる。
シードラウンドにて、デライト・ベンチャーズより資金調達を実施。

若狭 僚介 氏(nat株式会社)
神奈川県横浜市出身。青山学院大学社会情報学部卒業後、市場調査会社にて事業会社や広告代理店の様々なマーケティング業務に従事。
2022年1月にnat株式会社に参画。セールス部門、マーケティング部門の責任者を経験した後、現在は社長室にてScanatの事業推進を横断的に担当。
橋梁点検のDXで、維持管理現場を支える
―【若狭】自己紹介と会社について教えてください。
【越智】TRASSの越智です。橋梁の定期点検を対象にしたサービスをやっています。
家業が建設会社で、工事が終わると景色が変わる、そんな建設の醍醐味を感じながら育ちました。
ただ、鉄道保線の現場で働いたときに、「つくってきたものを、いかに長く安全に使うか」が大事だと実感して、維持管理にのめり込んだんです。
現在、創業2年目を迎えています。クライアントの多くはデジタル化に取り組んでいますが、「結局、紙の方がいいよね」という印象も残っています。
だったら、「ちゃんといいものをつくれば、今からでもやっていけるんじゃないか」と思って始めました。
紙と転記が残る橋梁点検業務の課題
―【若狭】業界では、どのような課題がありますか。
【越智】定期点検が始まって、点検する量が一気に増えました。限られた予算で制度やルールの変更にも対応するので、業務を改善しないと利益が残らないんです。
Excelのマクロや既存のサービスを使う会社さんも多いですが、効果が一部分にとどまりがちです。点検のプロセスを一つずつ洗い出して、業務全体を変えていく必要があると思っています。
点検業務は、前回の記録を基に最新の状況へ更新していく作業の連続です。バインダーから記録を探して、今回の判定や写真のファイル名を書き込み、事務所に戻ったらCADやExcelに転記します。
つまり、現場で記録した内容を事務所でもう一度処理している状態です。
また、成果品のフォーマットも、発注者や地域によって違います。ルールが変わるたびに自社の仕組みを直しきれず、紙に戻ってしまうケースもあります。
僕らは地域ごとのルールを一つのプロダクトに組み込んで、お客さんが選べる形にしています。この1年間、実際の現場でいただいたご要望を取り入れながら、発注者や地域ごとの運用に対応できるよう、機能を拡充してきました。
そして、人材面では、新しく入る人より、育ってきた中堅やベテランが辞めていくことが問題だと感じています。特定の人の経験に頼る仕事を続けて、繁忙期と閑散期の差も激しいんです。
「この働き方を、もう10年続けるのは無理だ」となってしまうので、働き方そのものを変える必要があります。
CADを起点に現場から成果品作成までを効率化
前回の図面・記録を現場にそのまま持ち出せる
―【若狭】TRASSでは、その業務をどう変えるのでしょうか。
【越智】ファイルを送っていただければ、前回の点検記録をスマートフォンやタブレットに表示できます。図面上の対象箇所を押すと情報が出てきて、現場で入力した記録を成果品として出せる仕組みです。
まず、土台になっているのが、独自につくったCADの処理技術です。これまでのDXで置き去りになりがちだったCADにも対応し、取り込みをこちらで引き受けています。
今までPDFなどを使っていたときと同じような感覚で作業できて、その記録が成果品になるのが強みですね。
基本はWebですが、現場ではオフライン対応のアプリを使います。通信がなくても記録できて、通信環境のある場所に戻ると、自動でデータが同期されます。また、未確認の箇所には黄色い三角の印が付いていて、一つずつ確認して緑に変えていきます。
図面の引き出し線に損傷情報を載せた「旗上げ」を押せば前回の記録を編集できて、写真も前回と今回を左右で比較しながら撮ることが可能です。
そして、入力の選択肢は、その図面に必要なものだけに絞っています。手書きにも対応していて、書いたものをそのままCADで出し直せるんです。
現場負担を減らし、点検品質を高める仕組み
点検漏れを防ぎ、写真整理も不要に
―【若狭】現場の作業は、どう変わりますか。
【越智】以前は、お客さんが要素番号の一覧表をつくって、写真を撮ったか確認していました。
TRASSでは一覧から対象を選んで撮影すると、記録と写真が紐付きます。旗上げされていない要素も一覧で確認できるので、抜け漏れを防ぐことにつながります。
また、遠方の現場では、朝8時から夕方5時まで点検して、夜7時、8時まで写真を分類し、ようやくホテルでご飯を食べるケースもあるんです。TRASSなら写真の紐付けが終わっているので、点検後の写真整理に追われる時間を大幅に削減できます。
記録を預けてもらっていれば、点検に行くときには一覧表もできているので、事前準備の手間も減らせます。
また、「あれ、点検やってたん?」って、よく言われます。僕の経験は鉄道の現場で、期間も短いんですが、2人1組で使う際の撮影担当と記録担当、それぞれの画面や使い方まで考えています。
「そこまでやっているのか」と評価していただけるのは、うれしいですね。
使っていただくと、最大で7割ほどの業務の圧縮効果が出ています。利用開始から1年ほど経ち、国の業務を中心に、自治体の業務でも少しずつ使っていただいています。

転記作業を削減し、高い費用対効果を実現
「ニヤニヤしてしまうほど便利」利用者からの反響
―【若狭】印象に残っている導入事例を教えてください。
【越智】最初のお客さんは、iPadにPDFを読み込んで点検していました。
ただ、書いた字が読みにくくて、事務担当の方に渡す前に、紙に清書していた状況でした。
TRASSは選択式で入力するので、字の読みやすさに関係なく記録できます。写真の紐付けも含めて、転記作業をかなり減らせるようになりました。
その方は結構無愛想だったんですが、使っているうちにニヤニヤし始めて、僕が見たら「おい、俺が今ニヤニヤしてるの、気づいただろ?」と。そこから「開発頑張ってくれ」と言ってもらって、「ああ、頑張ろう」と思いましたね。
―【若狭】価格面では、どう評価されていますか。
【越智】正直、価格面は他社のものより1.5倍から2倍ぐらい高いです。それでも選ばれるのは、今までの仕事になじみながら、現場から成果品まで広い範囲で効果を出せるからだと思います。
ツールのために作業を増やすのではなく、全体の手間を減らせるので、費用対効果を評価いただけていると感じています。
次回予告
次回後編では、越智氏の起業に至る背景や、現場の声を起点とした開発思想、そしてTRASSが描くインフラ維持管理の未来について伺います。