マンション専業企業として「長谷工版 BIM」を推進する長谷工の現在地|深堀り取材【毎月更新】

建築BIM加速化事業にともない、BIMやDX化への注目および実施速度が本格化しています。第31回は、マンション専業企業としての優位性を最大限に発揮するべく「長谷工版 BIM」を推進している長谷工の現在地について解説します。

BIMとAIプラットフォーム「Tektome」による「LLM- AI システム」の研究開発に着手

長谷工コーポレーション(以下:長谷工)では、建築設計業務のAIソリューション企業であるテクトム(本社:渋谷区・CEO.北村尚紀)と協働して、マンションに特化した3次元建物モデルを援用する「長谷工版 BIM」 と建築設計データの統合管理、構造化、活用を実現するAIプラットフォーム「Tektome」を組み合わせた新しい※「LLM- AI システム」の研究開発に着手した。

本稿では、マンション専業企業としての優位性を最大限に発揮するべく「長谷工版 BIM」を推進している長谷工の現在地を探る。
※LLM-:Large Language Modelの略。大規模言語モデルの意味。人間の自然言語を理解・処理・生成することに特化したAI。


一品生産と大量の部材・部品によるアセンブリ産業のバランスの狭間にあるBIMの進化と現在

長谷工を初めて訪問したのは1980年代初頭であった。長谷工では、米国ロッキード社が開発し、航空機設計用のCADに出自を持つ「CADAM」(Computer Augmented Design and Manufacturing)を導入、建築情報のデジタル化への挑戦を果敢に進めていた。今でも「CADAM」が並ぶ壮観さを鮮明に覚えている。

建築物は多くの場合、一品生産であり、製造業のようにオリジナル・モデルのデジタル情報を基に、大量生産、マス・プロダクション化できない。一方で、建築(業)は、一部において標準化、モジュール化された数多くの部材・部品を組み合わせるアセンブリ産業でもある。この微妙なバランスの狭間に長谷工のBIMの進化と現在はある。


Build-to-OrderとMass Customizationともいえる手法とも組み合わせて長谷工版BIMを援用

2015年8月にも長谷工を訪問し、その段階でのBIM援用の到達点を複数の建築メディアで報告している。当時、長谷工は、マンションの設計施工を100%近く自社配下で行うことで、BIMの抱える微妙なバランスを突き抜けたBIM援用=マス・プロダクション化を実現していた。同時に、多様化し、常に変容する顧客ニーズを先取り=フロントローディングしたビルド・ツー・オーダー+マス・カスタマイゼーション(Build-to-Order※+Mass Customization※)ともいえる手法とも組み合わせていた。

BIMは対象建築物を構成する各種のオブジェクト(部材・部品)の一種の集合体=データベースだ。データベースを常にリフレッシュすることで、受注生産に限りなく近いビルド・ツー・オーダー+マス・カスタマイゼーションを可能にする。BIMによるマス・プロダクション化の優位性にのみ着目するのではなく、それらを基に、「建築物は多くの場合、一品生産であるとのユニークさ」に限りなく近づける。長谷工が指向する「究極の」BIM援用の実際であった。
 究極ともいえる長谷工のBIM援用は、「ATOM(Automatic Tool for Object Modeler)」にその典型を見ることができた。建築物(マンション)を構成する要素とは何であり、どの領域を、どのような範囲でデジタル化すればBIM援用できるのか。「ATOM」は、長年に渡る建築情報のデジタル化の経験と知見を基に開発された。

表計算ソフトのExcel上にある模式化された平面図に間口、奥行、立面図からは階高、セットバック情報を入力。各通り芯ごとに必要な構成部材が自動設定され、階段、EV、飾り柱などの数量、位置情報を入力すると、BIMソフト「Revit」上に柱、梁、開口部などが配置された基本モデルとして分単位の作業時間で構築された。更に驚いたのは、この段階から、誤差プラス・マイナス2~3%の概算システムと連動している点であった。

長谷工のBIM援用をマンション専業メーカーの特異例として捉えると、BIMの『I』がデジタル化されたInformationであり、『I』の集積であるデータベースが建築(業)をパラダイム・シフトへと導くという本質を見誤る。

長谷工では、これらの試行錯誤と実践を経て、マンション建設において設計・施工比率が100%に近いという優位性を活かして「長谷工版BIM」を構築した。「長谷工版 BIM」の援用によって設計情報の一元管理による「品質・生産性の向上」、3 次元で設計情報を見える化することによる「意思決定の迅速化」、各種 図面や積算、シミュレーション等の連動による多角的な設計を実現している。

※Build-to-Order:受注生産方式のひとつで、部品や中間ユニットを在庫して、顧客の注文に応じて組み立てて出荷する。
※Mass Customization:生産方式のひとつで、大量生産(マスプロダクション)と顧客の個別要求対応(カスタマイゼーション)を掛け合わせた生産方式。

長谷工版BIMによる「品質・生産性の向上」「意思決定の迅速化」「多角的な設計」の実現


「LLM- AI システム」で設計者のデータ入力及び図面チェックに要する時間の50%削減を目指す

長谷工では、※施工累計戸数70万戸超のマンション施工実績と※高い設計施工比率を活かした「長谷工版 BIM」を構築し、2020年度には設計段階において、2021年度には施工段階においてBIM導入体制を確立している。

 「長谷工版BIM」とAIプラットフォーム「Tektome」を組み合わせた「LLM- AI システム」の研究開発は、更なる DX推進を目的に、「長谷工版 BIM」が保有するデータと BIM の外に保有する各種データを統合したデータベースの構築、設計仕様データを利用した品質チェック機能の構築、言語指示による自動設計機能の構築を段階的に進めることによって設計者のデータ入力及び図面チェックに要する時間の50%削減を目指すものだ。

LLM-AIシステム(長谷工版 BIM×「Tektome」)

「LLM- AI システム」の構築によって人手による作業がAIによる作業に移管され、人がやるべき仕事を効率的に行なえる環境が整備される。第一段階として2024年中には、「Tektome」システム上にAIによる自動変換を活用して、「長谷工版 BIM」が保有するデータとBIMの外に保有する各種データを統合したデータベースの構築を行い、蓄積データの検索や外部データへの連携基盤を実現する。

第二段階としては、設計仕様データを利用した品質チェック、第三段階においては、言語指示による自動設計を実現し、今後、段階的に「Tektome」システムの研究開発、実装を進めていくことで、設計者のデータ入力、チェック作業時間の削減を促進し、生産性向上を実現していく。

※施工累計戸数70万戸超のマンション施工実績: 2024年4月末現在長谷工総合研究所調べ。

※高い設計施工比率: 2023年4月~2024年3月期実績96.8%。

LLM-AIシステムによる設計作業の効率化