【連載】発注者からみた建設DX | 社会全体に浸透するDXと荒井商店のこれから(第5回)

連載企画「発注者からみた建設DX」の5回目となる本記事では、荒井商店の清水 浩司氏が、DX目線で不動産会社の将来について解説します。

さらに「社会全体に浸透するDXと荒井商店のこれから」について伺います。

過去の連載記事はこちら

▼連載1回目:【連載】発注者からみた建設DX ​| 国交省のBIMモデル事業で浮き彫りになったBIM活用の課題(第1回)

▼連載2回目:【連載】発注者からみた建設DX ​| 不動産・住宅分野やSDGs・ESGへのBIM活用の可能性(第2回)

▼連載3回目:【連載】発注者からみた建設DX | 維持管理の重要性と、ディベロッパーとしての考え方(第3回)

▼連載4回目:【連載】発注者からみた建設DX | パートナーの条件(第4回)

社会全体がDXを活用しながら回る時代へ

時間、距離、更には質量までが早く、軽くなってゆく

人類の長い歴史の中で、「時間」「距離」「質量」は社会の根源をなす極めて共通、公平な事象であり、凡そ産業革命以前までは、どこの国、どこの家庭に生まれても同一の価値観を共有出来ました。ところが現代では、使用できる交通手段により実体的な「距離」感は容易に変動しますし、高性能なコンピューターを使用したり、モバイルツールで複数の作業を同時並行的に処理する事で、同じ「時間」でも密度の異なる結果を得る事が出来るようになりました。

DXは、これら長い時間をかけて数々のルートを経て発展してきた成果を、一つに包含し、統合して社会の発展に寄与していく、大きな社会変革だと思っています。言い換えれば、これからの社会はDXという大きな基幹技術を中心に回っていくようになると考えています。

不動産とDX

以前お話ししたように不動産業は多様な要素の集合体です。その為、様々な情報やツールを統合した概念であるDXとは、非常に親和性が高いと感じています。

現在までに日常的な業務の中で、メールやLINEを活用して「時間」を克服し、web会議やクラウド技術で「距離」を克服してきています。更に、ロボット技術の発達により建設作業自体がCAD/CAMやBIMを活用する事で、遠隔地の建設をリモートで作業、監督したり、3Dプリンターによって部材そのものを現地生産すると言ったような「質量」を軽くする取り組みも始まっています。

不動産の売買にLINEを活用して物件査定を行うサービスなども提供されており、社会活動がDXを中心に行われると同時に、不動産業のDX推進も確実に進んできています。

デジタルツインとメタバース

デジタルツインの可能性

不動産業のDX推進でエポックな取り組みがデジタルツイン(※1)による現実と仮想空間を紐づける動きです。不動産や建設業はその業務内容から、大きく言えば地球環境へのインパクトがどうしても大きくなります。

建設や解体といった不動産そのものの生産に関わる環境への影響はもとより、出来上がった建物が中長期的に周辺環境に何らかの影響を及ぼすことは避けられません。しかも、車や航空機の様に事前に実物大のモデルを作成し、実際の自然環境下で実験する事は難しく、縮尺モデルを使用した風洞実験などで周辺環境への影響を類推し、仮定の下に施工に取り掛かるリスクを許容してきました。

その後、コンピューターの発達に伴い、より精緻な3Dモデルを用いた環境シミュレーションが可能になりましたが、建物が立地する周辺環境を広範囲にモデル化する事はコスト的に困難でした。しかし、2020年に国土交通省が主導する3D都市モデル整備・活用・オープンデータ化プロジェクトであるPLATEAUがスタートして、その状況は大きく変わろうとしています。

都市活動のプラットフォームデータを国土交通省が提供する事で、民間企業でも格差なく自由に都市のデータを引き出すことが出来るようになりました。これは社会的にも業務的にも非常に大きな影響を及ぼす取り組みで、今後はますますデジタルツインに向けての動きが加速されていくはずです。

※1:デジタルツイン
現実世界から収集したデータをもとに、仮想世界に「双子」ような同じ環境を構築し、さまざまなシミュレーションを行う技術。都市開発製造業、医療分野など、様々な分野で利用が進んでいます。

メタバースによる新たな価値の創出

不動産事業は実際の土地と建物を取り扱う事業です。当たり前ですが、土地は有限であり、国土に占める取引可能な土地は更に限られます。

その限られた土地を増やすには海を埋め立てる大きな開発事業しかありませんでしたが、昨今DXの普及によりメタバース(※1)というインターネット上に創られた仮想の三次元空間に都市を構築し、様々なイベントや交流を行う取り組みが行われています。例えばKDDIと渋谷区、渋谷未来デザインが共同で「バーチャル渋谷」を作り上げ、コロナ禍でも多数の人々が集えるイベントを実施して話題となりました。

更にはメタバース内での土地建物といった不動産の取引も始まっています。NFT(※2)と呼ばれる、偽造できない鑑定書や所有証明付きのデジタルデータを利用して、取引した不動産の所有権を確定する事が出来る技術が開発され俄かに注目されるようになりました。

メタバースに不動産を所有し、イベントやゲーム、店舗の出店などにより収入を得る事で、現実の不動産運用のように収益を上げる事が可能です。また、メタバースには建築基準法や消防法などの規制や地震、豪雨のような自然災害もない為、現実世界では実現できないような建築物を構築する事が可能です。実際に著名建築家の隈研吾が設計したVR校舎でのオンライン授業を角川ドワンゴ学園が2021年4月から配信しています。

これらの事例はまだまだ実験的な取組ではありますが、今後環境が整備され社会的な認知度が向上するにつれて日常的な経済活動の範疇に降りてくることは容易に想定されます。そうなれば、新たな不動産事業のフィールドとして大きな可能性を秘めていると考えています。

※1:メタバース
インターネット上に展開された三次元仮想空間。
人間はアバターとして三次元仮想空間の世界に入り込み、世界中の人たちと交流や仮想通貨などを使って取引が行えます。近年、建設・不動産業界をはじめビジネスにおける活用事例が増えています。

※2:NFT(Non-Fungible Token)
ブロックチェーン技術を基盤にして作成された代替不可能なデジタルデータ。
既存のデジタルデータと違い、コピーや改ざん、偽造が不可能なためデータそのものに唯一無二の価値があることから、BtoCビジネスを中心にNFTの活用が広がっています。

荒井商店のこれから

振り返って私共荒井商店の今後がどうなっていくかを考えると、DXの活用が進んでいくことは間違いがありませんし、もはやDXなくして業務の推進が困難な日常が現実となっています。

しかしながら、現物の不動産を所有し、賃貸事業を行っている責任と重みは変わる事は無く、将来に渡り現在の事業を継続していくことは当然のことです。地に足をつけながら、BIM等の推進を継続し、デジタルデータでのエビデンスを整え、来るべきDX社会に備えていこうと考えています。

その実現の為には所謂DX人材が必要なわけですが、その人材を社内に抱え込むことには懐疑的です。社会全体がDXをコアにして回ってゆくことを考えれば、第4回でお話ししたようにパートナーとの連携を深め、社内社外の垣根を出来るだけ低くして、プロジェクトごとに有機的なチームを作っていけるように心がけていきたいと考えています。

そして、デジタルツインやメタバースのような新たな不動産事業の創出に少しでも関り、貢献する事が長年不動産事業を営んでいる荒井商店の使命でもあると思っています。

まとめ

連載の最終回となるこの記事では、ビルオーナーの立場から不動産・住宅業界におけるDXの可能性、荒井商店の今後の方向性について清水氏に語っていただきました。

本連載企画では、5回にわたって国土交通省者の取り組みや昨今の社会情勢を交えながら、発注者ならではの視点で「建設DXの現状や課題、そして未来」について詳しく解説しています。

様々な立場の建設プレイヤーにとって役立つ内容となっておりますので、最新動向のキャッチアップにご活用ください。