荒川第二調節池建設現場に見るインフラDX(i-Construction)の最前線

日本の首都圏を流れる荒川は、かつて度重なる洪水で甚大な被害をもたらしてきた。この脅威を抑えるため、国土交通省が推進するのが荒川調節池群の整備だ。洪水を一時的に貯留し、下流域の負担を軽減する調節池を整備するこの大規模プロジェクトは、令和8年(2026年)の暫定運用開始を目指している。本稿では、第二荒川調節池の建設現場を取材し、国土交通省関東地方整備局荒川調節池工事事務所建設監督官の宮﨑達也氏、飛島建設株式会社の市川哲朗氏、株式会社IHIインフラ建設の髙橋剛氏へのインタビューを通じて、工事の技術的詳細とインフラDXに関する取り組みについて掘り下げる。

宮﨑達也氏

洪水を制御するインフラ

荒川調節池群は、第二・第三調節池を核に、洪水時の水を一時貯留して下流への流量を制御するインフラを構築する。宮﨑氏は「上流からの流入水を貯め、越流堤や水門で流量を調整する仕組みです。2026年の暫定運用では、第二調節池が自然流入で貯水効果を発揮し、最終的には荒川第一から第三調節池を連携して運用します」と説明。飛島建設が水門と囲繞堤の土木工事を、IHIインフラ建設がゲートの機械工事を担当する。工期は約3年。

市川氏は飛島建設の担当工事についてこう語る。「当社で施工中の仕切堤は荒川第一調節池と第二調節池を区切る堤防で、現在、約4mの嵩上げ盛土をしています。荒川本川と周囲堤の間に囲繞堤を構築し、洪水を貯留するエリアを形成。囲繞堤の総延長は1790m、幅約60m、高さ約10mの盛土で整備します」。排水門は、高さ約30mの土木躯体と、その上部に高さ約7mの操作室建築構造物であり、吐き出し口などの工事が進行中だ。

市川哲朗氏

BIM/CIMと4Dモデルによる革新

荒川調節池の建設工事では、インフラDXのフロントランナーとして、BIM/CIMが積極的に活用されている。3Dモデルを用いた計画・施工管理は、複雑な工事の効率化と情報共有を飛躍的に向上させる。市川氏は「BIM/CIMで施工段階の干渉チェックや施工手順のシミュレーションを行い、現場での手戻りを削減。たとえば、鉄筋が干渉する場合や張りブロックの意匠上の隙間調整協議となった場合、3Dモデルで事前に問題を特定し、設計変更を迅速化します。これで会議時間が半減し、合意形成もスムーズです」と話す。

髙橋氏はIHIの視点から補足する。「水門の詳細設計では、3Dモデルを活用することで、2D図面よりも直感的に発注者に説明可能。構造変更の提案や据付シミュレーションで視覚的な説得力が生まれます。特に、ゲートの据付精度はミリ単位で要求されるため、3Dモデルで事前検証することで施工リスクを最小化しています」。BIM/CIMは、不具合の早期発見や施工精度の向上に寄与し、全体の品質を高める。

飛島建設はさらに4Dモデルを導入し、時間軸を加えた「サイバー建設現場」を構築。市川氏は「施工進捗を可視化し、インターネット上で発注者や専門家と共有。仮想現実上で事前に各種シミュレーションを行うことで手戻り防止に繋げられます。と説明。4Dモデルは、施工スケジュールの遅延リスクを予測し、資機材搬入ルートの検討や重機配置の最適化にも役立つ。

髙橋剛氏

ドローンと自動化 次のレベルの測量技術へ

インフラDXは測量技術にも劇的な変化をもたらしている。市川氏は「盛土の測量は、従来2人で10日かかっていたが、ドローンで1.5~2時間に短縮。専用のタブレットで飛行ルートを設定し、スタートボタンで測量が完了。土量の把握や進捗確認の作業において、労力は9割程度の削減に繋がっている。

盛土沈下板・変位杭測量では、GNSS(衛星測位システム)搭載の自動測量機を導入。市川氏は「軟弱地盤上の盛土沈下板・変位杭測量を毎日測定する義務がありますが、従来2.5日かかった作業をリアルタイムで完了。自動測量機が地表面を走行し、データをクラウドに送信。解析結果は即座に現場で確認でき、測量時間をゼロにしました」と胸を張る。この自動化は、作業員の負担軽減だけでなく、データの一貫性と信頼性を高める。

環境配慮と持続可能性 自然と共生する河川工事

河川敷での工事は、環境への配慮が不可欠だ。宮﨑氏は「工事の騒音や振動を抑えるため、作業時間を限定。特定外来種の拡散防止や、鳥類の繁殖期に配慮したスケジュール調整を行っています」と語る。市川氏も「希少種への影響を振動計や騒音計を用いて計測しています」と説明。

地域との対話 技術の価値を伝える

荒川第二・三調節池整備工事は、技術的な意義を地域に伝える努力も欠かさない。宮﨑氏は「河川事業の効果は目に見えにくいため、情報発信が重要。年間約100回の視察を受け入れ、工事の技術的意義を説明しています」と述べる。市川氏は「高校生向けの見学会で土木の魅力を伝え、インフラDXの技術をデモ展示。昨年は参加者全員が弊社に入社するなど、成果を上げています」と報告。髙橋氏は「江戸川区に設立した体験型研修施設で、職場体験や動画配信・見学会などを行い、水門の構造や機能を地域の方々に紹介しています。」と語る。

BIM/CIMやAIで、インフラの未来を築く

荒川第二・三調節池整備工事は、インフラDXを通じて建設業界の未来を切り開く。宮﨑氏は「大規模プロジェクトの達成感と、技術革新の最前線に立つ喜びは格別。BIM/CIM等で、インフラの未来を築いています」と語る。市川氏は「ドローン、4Dモデルで施工の常識が変わった。目に見える構造物の完成は技術者の誇りです」と強調。髙橋氏は「水門工事は土木・機械・電気の融合。デジタル化で維持管理も進化させ、次世代に技術を継承します」と展望を語る。

課題は若手技術者の確保と技術継承。市川氏は「インフラDXで作業負担を軽減し、若い世代を引きつけたい。従来の職人文化からの脱却も必要です」と指摘。髙橋氏は「水門工事の知名度向上が課題。体験型施設やインターンで、技術の魅力を発信します」と語る。宮﨑氏は「技術者の育成には、デジタルツールの習熟が不可欠。」と意気込む。

技術革新で高品質なインフラを

荒川第二・三調節池整備工事は、洪水対策を超え、インフラDXの可能性を示す実験場だ。BIM/CIM、ドローン、AI、IoT、新素材の融合は、効率性と持続可能性を両立させる。市川氏は「技術革新で高品質なインフラを」と強調。髙橋氏は「デジタル化でインフラのライフサイクルを革新し、次世代につなげる」と締めくくった。荒川から始まるインフラDXの波は、日本全国、そして世界へと広がっていく。