BIMの優位性を最大限に援用して”LifeWear”のコンセプトを具現化するユニクロの店舗展開【第3回 施工BIM特集】

「ユニクロを展開するファーストリテイリングがBIMマネージャーを募集する意図とは」と題して、その背景などを報告したのは2023年7月であった。大手組織設計事務所からファーストリテイリング[以下:UNIQLO(ユニクロ)]へ転籍した設計者は、BIMマネージャーとしてどのような役割を果たしているのだろうか。数ヶ月に渡るヒアリングなどを通してUNIQLO(ユニクロ)の現在地を探索し、前稿の後日談としても報告する。
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目次
- BIMの取り組みが世界的にどのあたりに位置するのかを確認するためにもAU2024に参加
- AU2024では”LifeWear”のコンセプトをBIMで充足するための4つの要諦を主題として講演
- 設計・施工を担う協力業者はBIMの援用を前提に入札に参加し竣工時はデータ納品も実施
- ユニクロの店舗づくりに即して社内スタッフ+協力業者の設計者に対してBIM教育も実施
- 新しい職能として注目を集めるBIMマネージャーの役割を総論として5つの領域から概説
- 『使い捨ての服ではなく、長く着られる究極の普段着。それが「LifeWear」の哲学です。』
- BIMマネージャーとして転籍した設計者と再会できたのは建築関係者の集まり「BIMの会」
BIMの取り組みが世界的にどのあたりに位置するのかを確認するためにもAU2024に参加
UNIQLO(ユニクロ)は、BIMソフト「Revit」のベンダーであるオートデスク社から招待を受け、2024年10月15日から17日まで米国サンディエゴで開催された※Autodesk University 2024に参加した。招待制のクローズドなイベントであるRetail Summitにおいて「Information Platform to Fulfill the Concept of “LifeWear”」と題した講演を行っている。
Autodesk University 2024参加の目的には、リテーラー=小売業として共通の話題を提供し、他のリテーラーから意見を聞くこと。UNIQLO(ユニクロ)のBIMの取り組みが世界的な潮流においてどのあたりに位置するのかを確認すること。BIM業界の優秀な人材にUNIQLO(ユニクロ)のBIMについて興味を持ってもらうこともあった。
その結果、世界的に店舗展開している著名なリテーラーをはじめ複数社から、「我々もBIMを用いて同様のことをしたいと思っている」「”LifeWear”という力強いコンセプトが店づくりにも活かされているのが素晴らしい」「リテールにおけるBIMの使い方はこうあるべきという優れた事例だ」との感想が寄せられた。
※Autodesk University: BIMソフト「Revit」のベンダーであるオートデスク社が主催する世界的な規模のカンファレンス。建築、土木、エンジニアリング、建設、製造、メディア&エンターテインメントの各分野の専門家が集い、新たな知識を共有し、ネットワークを広げる機会を提供、合わせてオートデスク社のデザインと創造のプラットフォームを活用する方法を学ぶ。

AU2024では”LifeWear”のコンセプトをBIMで充足するための4つの要諦を主題として講演
講演「Information Platform to Fulfill the Concept of “LifeWear”」では、「LifeWear」のコンセプトを実現、充足するために援用しているBIMを基盤とした情報プラットフォームの4つの要諦について語られた。
第一の要諦であるBIMを援用する目的は、「LifeWear」のコンセプトを実現するためのより良い店舗を創ることにある。共通の情報プラットフォームであるBIMによって、さまざまな国、地域、部門、関連企業との間で、包括的でシームレスなコラボレーションが可能となり、相互にデータを参照し、学び合い、多様性を活かすことができる。
第二の要諦は、店舗設計の原則がBIMに組み込まれていることだ。「Revit」の標準化されたテンプレート・ファミリを用いることで、ベテランのスタッフだけでなく、全てのスタッフが共通かつ一貫性をもって設計プロセスに参加できる。これによって誰が設計しても「LifeWear」のコンセプトを実現するUNIQLO(ユニクロ)の店舗となる。
現在、テンプレートは、グローバル共通のものが一パターン、ファミリは、ロゴタイプ、什器やレジ、※BOH用品などでUNIQLO(ユニクロ)とGU合わせて約700個である。
第三の要諦は、BIMによって設計のオペレーションの品質・精度を安定的かつ一定に保てることだ。店舗設計の原則を組み込んだBIMの援用によって人為的なミスを減らせるし、設計自体をフロントローディングすることで、初期段階で課題を発見、解決し、正規化された※SKUの実現によって最適な店舗運営を可能にする。
第四の要諦は、BIMが設計者のクリエイティビティを刺激することだ。BIMによって設計のオペレーションを標準化し、一部、自動化すると共に、国、地域の特性を読み解き、店舗のローカライズ、独自性の開発に注力できる。合わせてBIMという共通のプラットフォームによってスタッフ間の会話が同時的かつ双方向になるなどコミュニケーションの質も高められる。
※BOH: Back of House: バック・オブ・ハウス。店舗、オフィスなどの業務運営において顧客が直接見ることのない裏方のエリアのこと。
※SKU: Stock Keeping Unit: ストック・キーピング・ユニット。在庫管理や受発注の際に用いられる最小の管理単位となる商品識別コード。同じ商品においても、色やサイズ、パッケージなどの違いによって区別するために割り当てられる。在庫管理や販売数管理に活用することによって欠品や販売機会の損失を防ぐことができるし、売上データを詳細に分析することで購買傾向や売れ筋商品を把握することもできる。

設計・施工を担う協力業者はBIMの援用を前提に入札に参加し竣工時はデータ納品も実施
UNIQLO(ユニクロ)は、多くの場合、既築建物をスケルトン状態で借り上げ、しかるべく店舗用に自社内で企画・基本設計を行う。ステークホルダーとなるのは、建物オーナーは勿論のこと、店舗の出店企画に賛同し、店子として店舗を構える事業者から近隣住民にまで及ぶ。その際に、サイン・看板設置を含む店舗の外観から、近隣に接続する店舗への導線のあり方、内装全般の見えかがりなどに至るまで、出店判断、デザインコンセプトの確定、関係者間の優れた合意形成にBIMによる見える化は大いに貢献している。
店舗の企画・基本設計は、BIMソフト「Revit」を援用して行い、実施設計・施工を担う協力業者は入札によって決定する。入札に際しては、BIMソフト「Revit」の援用が参加条件となっており、新規参入は勿論のこと、既存の協力業者に対しても、BIMソフト「Revit」の援用を要請している。入札者に対しては、発注条件を明らかにするべく、※EIRと※BEPの採用を前提とし、要件定義書として明示することとしている。
実施設計・施工を担う協力業者との間でも、BIMによるプラットフォームを用いることで、
設計変更が減らせるなど設計品質の向上が実現している。現状では、既存店の施設管理(FM)にBIMは援用していないが、新規店舗だけでなく、既存店のフルリノベーションから床面積の拡大縮小に至るまでBIMは効果を発揮している。それらのプロセスの中で、協力業者には、竣工図書として「Revit」のBIMデータの提示を求めている。
※EIR: Employer Information Requirements: 発注者情報要件: BIMデータの詳細度、プロジェクト過程、運用方法、契約上の役割分担等を定めた発注要件であり、発注者により「ひな型」に沿って作成され、受注者選定や契約に先立って入札者に提示されるもの。出典:BIM実行計画(EIR/BEP)の目的(素案):第1回建築BIM環境整備部会資料11
※BEP:BIM Execution Plan:BIM:実行計画書: 入札者から発注者に対してBIMの使い方を提案するもので、入札者が自らの知見蓄積を基に、「ひな型BEP」に沿って業務の条件確認書(契約前BEP)として発注者に提示される。受注者決定後、発注者と契約協議を行い、BIM標準ガイドラインやEIRを参照しながらBEPを更新し、双方合意して契約後BEPとして共有される。出典:BIM実行計画(EIR/BEP)の目的(素案):第1回建築BIM環境整備部会資料11

ユニクロの店舗づくりに即して社内スタッフ+協力業者の設計者に対してBIM教育も実施
国内では、新規店舗についてはBIMを100%援用する中で、湯山知加子氏(グローバル出店開発部グローバル設計シニアマネージャー)とBIMマネージャーが中心となり、BIMコミュニティを運営している。海外では、各国にBIM責任者を設けているが、BIM援用には国ごとにばらつきがあり、BIMの活用度を上げるべく試行している。
そのような環境下、ローカライズなど特別なニーズに対応する店舗、複雑な構造の店舗など、スタッフ各自の強みを掛け合わせてチームワークで進めるプロジェクトが増えているので、データ連携や蓄積、情報共有などによって課題解決できるBIM活用のメリットは大きい。
CDE(Common Data Environment:共通データ環境)としては「ACC:Autodesk Construction Cloud」を採用しており、プロセス進行の中で随時、協力業者にBIMデータを納品してもらい、進行状況を確認したり、海外拠点に指示を出したりするのに活用している。
従来は、設計実務のバックグラウンドがあり、しかもBIMの専門知識を持つ専任要員は社内にはいなかった。BIMマネージャーを配置することで、協力業者からのBIM関連の質問にも即座に対応、回答できるようになったし、BIM教育にも時間をさけるようになった。現在、「LifeWear」を体現するUNIQLO(ユニクロ)の店舗づくりに即したBIM運用について、社内のスタッフ、社外の協力業者の設計者に対してBIM教育を行っている。
施設管理(FM)については、協力業者から竣工BIMデータの提供を受けていることからも実現を模索している。具体的には、施設管理(FM)においては、主に設備関連データが重要になると考えられるため、どの程度の情報をBIMデータとして保持しておくことが適切なのか、実利的に施設管理(FM)での利用メリットを見出せるかなどを検討している。その際に、既存店の場合は、点群データではなく、BIMによる3次元モデルとして再構築する方法も検討している。


新しい職能として注目を集めるBIMマネージャーの役割を総論として5つの領域から概説
総論としてBIMマネージャーの主な役割をBIM戦略の策定と実施、プロジェクトの最適化、デジタルプロセスの管理、チームの指導とトレーニング、品質管理と標準化の5つ領域から総括する。
BIM戦略の策定と実施において BIMマネージャーは、組織のBIM戦略を策定し、社内に普及させる役割を担い、プロジェクトの生産性を増進させることを目指す。
プロジェクトの最適化では、BIMの援用によってプロジェクト作業の最適化を図ることが重要となる。BIMマネージャーは、プロジェクトの目的を効率的に達成するために、プロジェクトの進行を管理し、必要なアドバイスを行う。
デジタルプロセスの管理においてBIMマネージャーは、BIMモデルの作成や管理を行い、プロジェクトチームが正確かつタイムリーにデータにアクセスできるようにする。これによってコミュニケーションやコラボレーションが改善され、ケアレスミスや再作業のリスクが低減できる。
チームの指導とトレーニングにおいてBIMマネージャーは、BIMソフトの使用に関するトレーニングを行い、プロジェクトチームが標準化されたプロセスに従って作業できるようにする。合わせて他の領域の多様な専門家と協働し、プロジェクトの目標に沿った作業を促進する。
品質管理と標準化においてBIMマネージャーは、BIM援用における品質管理を行い、プロジェクトが業界標準や規制にも準拠しているかを確認する。これには、企業組織の戦略に合致したBIMに関連するプロトコルやシステムの開発と実施が含まれている。
『使い捨ての服ではなく、長く着られる究極の普段着。それが「LifeWear」の哲学です。』
Autodesk University 2024での講演内容をヒアリングし、本稿執筆の起点としてUNIQLO(ユニクロ)有明本部を再訪したのは2024年10月後半のことだ。折からメディアではグループ全体の売上が2024年8月期に3兆円を超えたと報じており、活況を呈しているインバウンド需要も取り込むべく、新宿のグローバル旗艦店も開店したと衆目を集めていた。
軌を一にして、パリではUNIQLO(ユニクロ)40周年を記念する特別展「The Art and Science of LifeWear: What Makes Life Better? 」が開催され、柳井正ファーストリテイリング会長兼社長、大矢光雄東レ社長、クリエイティブディレクターに就任したクレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)氏、テニスプレーヤーのロジャー・フェデラー(Roger Federer)氏他が登場したと話題になっていた。
記者会見に登壇した柳井正氏は、『個性とは服にあるのではなく、人にあるものだと考えております。ファッションは人の魅力を引き出すために存在しています。いわば服とは、自らが選んだ個性を組み立てる部品です。』と、「LifeWear」の中核をなすコンセプトを明示した。更に続けて『使い捨ての服ではなく、長く着られる究極の普段着。それが「LifeWear」の哲学です。シンプルかつ高い機能性と耐久性、しかも毎年そのパフォーマンスを向上できるよう努力してまいりました。』と語っている。
「LifeWear」のコンセプトを訴求するべくコマーシャルもサザンオールスターズの楽曲と相まってコピーワークも秀逸だ。寒さの冬には、「愛は熱。あなたは私のヒートテックです。」と語りかけ、子育て世代を意識して「子供にもLifeがある。」と呼びかけた。今春、メディアには、すでに2025年春夏シーズンのコマーシャルが流れている。注目を集めている若手俳優、河合優美氏を起用するなど、今をキャッチしている。彼女が登場するシーンには、「さぁ、ニッと笑って、春の街へ。春は、ニッと♬」とコピーが流れている。
着る人に寄り添い、「LifeとWear」そして「LifeのWear」を提供する装置が国内外に展開している店舗群だ。
前稿の「ユニクロを展開するファーストリテイリングがBIMマネージャーを募集する意図とは」において、「LifeWear」の提案共々、変化を指向する文脈の中にこそBIMの展開を戦略的に位置づけることができるとした。本稿では、Autodesk University 2024での講演内容も引用しながら、BIMの援用がどのように進化しているのかを報告している。
BIMマネージャーとして転籍した設計者と再会できたのは建築関係者の集まり「BIMの会」
2023年の初頭であった。ネットでUNIQLO(ユニクロ)がBIMマネージャーを募集している求人広告を目にした。UNIQLO(ユニクロ)が給与を40%アップすると、メディアも喧しいタイミングでもあり、建築業界におけるBIM関係者も少なからずざわついていた。事業主、施主の側がBIMを自ら援用する状況となったのかとの感慨もあった。そのような状況下、UNIQLO(ユニクロ)を取材し、7月に「ユニクロを展開するファーストリテイリングがBIMマネージャーを募集する意図とは」と題して複数のメディアに掲載した。
その段階では、転籍するであろうBIMマネージャーは特定できていなかった。メディア掲載の直後に、取材経験もある大手組織設計事務所のY氏から、BIM関係者が参集する「BIMの会」への誘いがあった。その場でY氏と同じ大手組織設計事務所に所属している設計者と再会し、BIMマネージャーとしてUNIQLO(ユニクロ)への転籍が決まったのは、設計者自身だと知ることとなった。
設計者との出会いは、2016年9月にまで遡る。当日は、BIMソフト「GLOOBE」のベンダーである福井コンピュータアーキテクトからの招聘を受けて、「BIMの課題と可能性」と題して講演を行った。1982年創刊の「A∩C:建築とコンピュータ」誌から現在に至る30数年間の建築業界のデジタル運用の推移とBIM登場の背景と可能性などを語った。講演が終わると、一人の女性が「BIM を進める参考になったし、後押しにもなった」と話しかけてきた。
BIMマネージャーとして転籍した背景については、以前からリテーラーとBIMの親和性は高いと考えていたし、発注者・オーナー側でBIMのライフサイクル全てに関与することでBIMの可能性を追求できると考えたのが発端であった。
発注者・オーナー側の立場となって、「LifeWear」のコンセプトのための最適解をBIMで具現化するべく、テンプレート・ファミリの構築やデザインプリンシプルを網羅したガイドライトの整備も行っている。多くの関係者と協働し、相互にクリエイティビティを刺激しながら、BIMによってより良い店舗づくりを行うべく職責を果たしている。
本稿での大手組織設計事務所とは日建設計、転籍し、BIMマネージャーとして活躍している設計者は、中川歩氏(グローバル出店開発部グローバルファシリティマネージメントDX推進)である。BIMの普及、進展を支援するべく、今後も、継続してUNIQLO(ユニクロ)の追跡取材を続けていく。