【前編】建設業界が他産業から学ぶべきDXのポイント~デジタル・トランスフォーメーションの本質を考える~|そもそもDXとは何なのか?

近年、様々な業界で必要性が叫ばれるDX(デジタル・トランスフォーメーション)。すでに取り組みの一歩を踏み出し、業務効率化などで成功を収める企業も増えている一方で、建設業界ではまだまだ改善の余地があるのが現状です。

今回は、建設業界のDX支援を行うアーサー・ディー・リトル・ジャパン株式会社マネージャーの新井本氏にインタビューを行いました。インタビュワーは国内外の建設施工管理に豊富な知見を持つ、株式会社SIGMA建設研究所 代表取締役の正光氏です。

建設現場の業務改善のプロフェッショナルであるお二人が、今後の建設業でDXを推進するために重要な考え方と、他産業から学ぶべきポイントについて語ります。

===プロフィール===

新井本 昌宏 氏(アーサー・ディー・リトル・ジャパン株式会社 マネージャー)

メーカーにて生産技術、研究開発に従事。その後、複数のコンサルティングファームを経て現職。建設業、製造業における戦略策定、事業開発、業務改革を数多く経験。経営から現場までの一貫性と事業と技術の整合性を重視し、短期成果の獲得と中長期的に成果を獲得し続ける組織能力向上を同時に支援する。主な著書は、ゼネコン5.0(東洋経済新報社)/製造業R&Dマネジメントの鉄則(日刊工業新聞社)/3D活用でプロセス改革(日経BP社)等。

正光 俊夫 氏(株式会社SIGMA建設研究所 代表取締役/Founder & CEO)

ミシガン大学工学部で建設エンジニアリング&マネジメントを学ぶ。大成建設株式会社で国内・海外の建築施工管理を行なった後、Autodeskのコンサルタントとしてアジア全域でBIMを推進。帰国後、PwCコンサルティング合同会社とデロイトトーマツコンサルティング合同会社での建設業界担当コンサルタントを経て、株式会社SIGMA建設研究所を設立。

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DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは?その本質は?

-(正光氏)2020年11月に経済産業省が「デジタルガバナンス・コード」を公表し、「DX認定制度」や「DX銘柄」、「DXセレクション」等の施策が推進されている中、建設業界でもDX(デジタル・トランスフォーメーション)の話題が出始めてから数年が経過しました。各社がDXの取り組みを進める中で、苦労や試行錯誤をする企業も多く見受けられますね。

(新井本氏)DXとは、お客様により高い価値を提供するために業務を変えていくことを指します。DXにおいて目指す姿を描くことの重要性は多くの人に認識されていますが、「変わる前の姿」も深く理解した方がよいということは意外と見落とされがちです。

製造業において、自動車業界、家電業界、飲料業界などでDXが比較的進んでいるのは皆さんご存じだと思います。それらの業界で実施していることを参考に建設業界で同じようなことをやっても上手くいかないのは、建設業界の特性を深く理解していないことが原因であることが多いです。

-よく言われるのは、大量生産型をベースにしている製造業と、一品生産型の建設業では違うのだという事ですね。

はい、それは重要な特性の違いです。しかし、具体的に一品一様であることが、業務プロセス、組織、制度、責任権限、マネジメント、人材開発等の相違点としてどのように現れているのか、そこまで深く理解できている企業は少ないように思います。これらの違いまで理解することにより、建設業界に適したDXの具体案を考えることができます。

-DXを推進していく中での問題として聞かれるものとして、デジタルツールを導入したが、現状の業務プロセスにそのまま当てはめたため、思い通りの効果が得られなかったという話があります。

DXの基本的な進め方は、「目指す姿を描いたうえでそれを実現するためにデジタルを活用する」という手順です。つまり、先にトランスフォーメーションを考えるべきなんですね。多くの人はデジタルにばかり注目しがちですが、まずは企業をどのように変革するのかを考えて、その後にどのようなデジタルツールを活用できるか検討するのが基本です。

「6バブル」から読み取る、建設業の現状とDX施策の方向性

-建設業界でDXを推進する企業が増える中で、改めて建設業の現状や今後の取り組みの方向性についてお聞かせください。

企業運営は6つの要素から構成されています。まずビジョン・戦略があり、それらを実現するための業務機能・プロセスや組織・制度などがあります。またプロセスや組織に適した人材開発・マネジメントの検討や、これらを上手く回すための文化・風土も欠かせません。

建設業界にもこの6つの要素が当てはまりますが、「チームマネジメント」を主軸として企業運営が行われている点が大きな特徴です。以下の図で紫色で示した部分が企業運営の主軸となり、「ビジョン・戦略」では施主の曖昧な要求を理解し、最高の建物を作るための方向性を定めます。「文化・風土」としては、全責任を負う棟梁の精神を持った作業所長と、型枠工や内装工といった職人の集まりである協力会社がチームになって仕事をしています。

棟梁を育てるために、全体をまとめることができる人材の育成も欠かせません。棟梁と職人の関係のチームですので、目標を決めて手順はチームメンバーに任せる形、例えば型枠や内装の要件を伝えたら、あとは協力会社に任せて結果を確認するというマネジメント手法を取っています。

-建設業が非常に俗人的なアプローチを取っており、文化や人のスキルに強く依存した業界だということが読み取れますね。

一方でDXが進んでいる製造業はというと、以下の図に青色で示した通り「プロセスマネジメント」を主軸とした企業運営が行われています。多くのお客様に共通した要望を把握したうえで、他社と差別化可能なコストパフォーマンスが高い製品を提供することを「ビジョン・戦略」とし、それを受けて「業務機能・プロセス」で業務や製品の標準化を進める。標準化の対象となる作業や部材が建設業よりも多いため、デジタルの活用が進みやすいという特徴があります。

例えば自動車業界では、車台は同じで車体にバリエーションを持たせるといった製造手法が知られています。これによって車台の開発や評価の削減や、生産ラインの共通化を実現できるため、コストパフォーマンスが高く質の高い製品をお客様に提供できるのです。つまり、車のデザイン(見た目)といったお客様の価値につながる部分に注力し、それ以外の部分は標準化するという「こだわりと割り切りのメリハリ」をつけているとも言えます。

建設業界がDXを進めるうえでのポイントとは

-建設業では「チームマネジメント型」、製造業では「プロセスマネジメント型」と企業運営手法がそもそも異なる中で、今後建設業界がDXを進める際にポイントとなるのはどういった部分でしょうか。

現在の建設業はチームマネジメント型ですから、プロセスマネジメント型企業の成功事例をそのまま取り入れても、特性が違うために上手くいきません。

建設業がDXを成功させるための方法には2つの方向性があります。1つは、建設業の「チームマネジメント型」に合ったトランスフォーメーションをしていく方法です。建物をつくるプロセスはそれぞれの現場で個別対応を求められる場面が多く、プロセスマネジメント型の製造業のように標準プロセスにデジタルツールを活用するという成功パターンを用いることが困難です。

文化/風土や人材開発/マネジメントが主軸の企業運営により成功してきたことをしっかり認識したうえで、例えば「このような文化を醸成するためにデジタルを使おう」だとか、「チームメンバーにより良い目標を提示するため、または結果確認をスムーズにするためにデジタルが使えないか」というような視点で考える必要があります。チームマネジメント型のDXはまだ成功事例が少ないため、新たに創造する姿勢が大事です。

そしてもう1つは、「プロセスマネジメント型」に移行するトランスフォーメーションを行っていくことです。建設業の中でもオフィスビルや商業施設をつくっているゼネコンに比べ、戸建て住宅をつくっているハウスメーカーの方がDXを実践しやすい特徴があります。ゼネコンであっても昨今の案件を選択できる状況において、標準化を念頭に置いた重点領域の決定等により「プロセスマネジメント型」に寄せた企業運営を行っていき、DXを進めることができるのではないかと感じます。

-「6バブル」を通して建設業を見ると、図の紫色で右側の要素を中心に「チーム・マネジメント型」の企業運営を行ってきた建設会社にとって、左下の「デジタル/情報システム」はいわば飛び地となっています。その間にある「機能/業務/プロセス」と「組織/制度/責任権限」の要素を埋めずに「デジタル/情報システム」を導入しても「デジタル・トランスフォーメーション」が上手くいかない、そのような事が今の建設業で起きているのではないかと感じました。

墨田区の現場喫茶で対談する新井本氏(右)と、正光氏(左)

ここまで、DXの意味のおさらいと、なぜ建設業でDXが進まないのかについて伺いました。中編では建設業でDXを推進する際に重要となる考え方についてお聞きします。

中編は、翌週1/27(月)公開予定となります。