【Archi Future 2022 独自取材②】人情味あふれる建築デザインとは|ニール・ハバード(ヘザウィック・スタジオ)
2022年10月28日に開催された「Archi Future 2022」は、建築分野におけるICTを活用した最新動向や最新ソリューションを紹介する展示会です。例年、建設業界の第一線で活躍する建築プレイヤーを招いて講演会やセミナーを行っています。
コロナ禍の影響で3年ぶりのリアル開催となったため、BuildApp News編集部も現地に赴き、注目度の高い講演会やセミナーを取材しました。第一線で活躍する建築プレイヤーの取り組みや業界の最新動向を全4回の連載にてお届けします。
第2回目は、世界各地で革新的な建築プロジェクトを手掛けるヘザウィック・スタジオのシニア・デザイナーであるニール・ハバード氏による基調講演「Humanized」です。ヘザウィック・スタジオの建築哲学を近年携わったプロジェクトと共に紹介します。
目次
ヘザウィック・スタジオとは
ヘザウィック・スタジオとは、インダストリアルデザイナーのトーマス・ヘザウィック氏が1994年に設立したロンドンのデザインスタジオです。
都市がまとう空気や歴史的背景、文化遺産に敬意を払い、設計プロセスにおいてワークショップを取り入れることで、伝統的な手法と最新テクノロジー、多様な素材を用いて斬新なデザインの都市空間、建築物などを世界中で生み出しています。
ヘザウィック・スタジオでは、都市に暮らすあるいはそこを訪れる人々の感情に働きかける空間やデザインを創り出すことを大事にしています。この建築哲学のおかげで、ヘザウィック・スタジオが手掛けた作品はどれも人々の知的好奇心を刺激したり、心を癒したり、共感をもたらしたりなど、人情味にあふれています。
ここからは、近年携わったプロジェクトを通してヘザウィック・スタジオの建築哲学をご紹介します。
ヘザウィック・スタジオによる革新的なプロジェクト
空気清浄機能とリラックス空間を備えたEV車「AIRO」
2021年に中国のEV(電気自動車)メーカー・IMモーターズからの依頼で、走行中に空気を浄化する機能と停車中のリラックス空間を兼ね添えたEV車「AIRO」を開発しました。
すべての自動車をガソリン車からEV車に変更しても、タイヤやブレーキパットから出る粉塵が有害な大気汚染物質であることに変わりありません。そこで、ヘザウィック・スタジオは、電気自動車のバッテリーパックに積むシャーシに汚染物質を吸い込むHEPAフィルターシステムを搭載しました。
幹線道路を走行中にフロントグリルを通して車体に取り入れた汚染した空気は、HEPAフィルターシステムで清浄化され、車体の後方から排出します。
地上にある自動車の90%(約15億台)が単に駐車されているだけで、100億平方メートルの空間を占拠しているという事実から、ヘザウィック・スタジオは、自動車を移動手段ではなく空間ととらえました。こうした理由から「AIRO」は、オフィス空間、友人との食事会、寝室など様々な用途で活用できる可変性と柔軟性に優れた内装デザインとなっています。
ニューヨーク・ハドソン川にある水上公園「LITTLE ISLAND」
2021年5月にニューヨーク・ハドソン川にオープンした水上公園「リトル・アイランド」は、2012年に発生したハリケーン・サンディで甚大な被害を受けたウエストマンハッタン54番埠頭の復元計画から誕生しました。
復元計画の出資者である実業家バリー・ディラー氏は、都市の喧騒から離れた非日常的な体験をしたり、コンサートや演劇などのアクティビティを楽しんだり、芝生の上で寝転がったりと、公園を訪れるすべての人々が過ごせる魅力的な空間を求めていました。
ディラー氏の要望を受けて、ヘザウィック・スタジオは敷地見学やGoogleアース、1990年代初頭のマンハッタン島の写真から、岸壁に接続した54番埠頭のユニークな地形と木杭の残骸を活かした建築モチーフを考えました。
高さが異なるコンクリート製の杭を200本以上打ち込み、その上にコンクリート製のチューリップ型ポットを載せ、それらを4~6個ずつスチールでつなげることで、公園の輪郭を形成し、様々な植物を植えました。そうすることで、高低差のあるドラマチックな地形が完成し、来園者は同じ敷地内でも異なる趣きの眺望を楽しめるようになっています。
開園した今では季節ごとのアクティビティを楽しんだり、憩いの場としてリラックスしたりと様々な用途で楽しめるニューヨークの新たなランドマークとして多くの人たちが訪れています。
穀物庫の改修で誕生したツアイツ・アフリカ現在美術館
古い穀物用サイロを改修して生まれた南アフリカ・ケープタウンにあるツアイツ・アフリカ現在美術館は、トーマス・ヘザウィック氏が約20年携わったプロジェクトです。
穀物用サイロの新たな用途を考えたときに、世界中のどこを探してもアフリカ現在美術館がないことにヘザウィック氏は気づきました。サイロは穀物の保存という用途に特化した工場施設であることから、四角柱と円柱の集合体部分で構成されています。
ヘザウィック氏は集合体部分の仕上げ材をはがして、その下にあるコンクリートを露出させることで、建物の外観としました。建物上部は一部コンクリートを取り壊し、現地生産のガラスエレメントを四周の構造体の間に取り付けることで、建物内部に光が入り既存躯体が活きる構造となっています。
また、近隣に美術館がないことから、ヘザウィック氏は「この建物が地域住民のアートへの関心を高めるためのハブとなる場所にしたい」と思いました。人々を建物に誘いこみ、内部を探索したくなるようなアトリウムを作るために、Arupの構造エンジニアとコラボレートして、既存のコンクリートのチューブ構造をトウモロコシの粒を模して刳り貫き、独創的な内装デザインにしています。
共同と共創を促すサステナブルな新社屋「Google Bay View」
2022年5月にアメリカ・カリフォルニア州マウンテンビューにオープンしたGoogleの新社屋「Google Bay View」の建設プロジェクトにもヘザウィック・スタジオは参加しています。
プロジェクト開始時にGoogleは「イノベーション」「自然」「コミュニティ」と3つのテーマを決めました。このテーマを軸にヘザウィック・スタジオは、新社屋の設計に共同と共創を促す柔軟性とユーザー体験を徹底的に追求しました。
2つのフロアに分かれた新社屋は、上階にはワークスペース、下階にはアメニティスペースが配置。上階と下階をつなぐ屋内の「中庭」で、カフェや簡易キッチン、会議室、オールハンドスペースなどに社員が簡単にアクセスできるような設計にしています。
また、上方に平均的に直行する柱スパンを持つ大きなキャノピーがあり、キャノピーの屋根を過剰な柱や壁で分断しないような構造にすることで、上階は広く開放的なワークスペースを完成。こうすることで、自然光による明るさを確保しながらも、グレアを低減する快適なワークスペースを実現しています。
新社屋の外観は、全ビルにソーラーパネルを備えた「ドラゴンスケール」ソーラースキン屋根を採用。約7メガワットの太陽光エネルギーを生み出しています。
中国・上海のアート街「M50」エリアに誕生した複合施設「1000 Trees」
ヘザウィック・スタジオは、2021年12月に中国・上海にあるアート街「M50」エリアにオープンした複合施設「1000 Trees」の意匠設計を担当しています。
このプロジェクトは、「M50」エリア付近の蘇州河沿いのアクティビティを活性化するためにスタートしました。ヘザウィック・スタジオは当初、市政府からは従来型の巨大商業施設を建築する基本構想が共有されました。
建設予定地の周辺は高層ビル群が林立し、公園や歴史的建造物がある非常にユニークな立地でした。市政府が望む従来型の巨大商業施設を建てると、ユニークな立地を分断し、地元住民の往来を阻害する要因になりかねません。
そこで、ヘザウィック・スタジオは様々なテナントやオフィス棟、ホテル棟が入る巨大商業施設でありながらも、公園や「M50」エリアとつながる設計を考えました。
巨大商業施設を建てるのに必要な約1000本の構造柱を建物の特徴として活かし、巨大な建物を分節することを目指しました。さらに、近隣の公園と連続した空間にするために植物を植えています。
全体のデザインとして、柱の上部に植樹し、数千の木が連なる2つの山並みを設計。敷地全体をグリッド状にし、建物から柱が生えて山となり、アートエリアや公園に向かってなだらかに下ることで、地域住民の往来をスムーズにしています。
緑豊かなシームレスな未来都市「虎ノ門・麻布台プロジェクト」
2023年に開業予定の「虎ノ門・麻布台プロジェクト」とは、「緑に包まれ、人と人をつなぐ”広場”のような街 – Modern Urban Village」をコンセプトとする東京・港区虎ノ門から麻布台、六本木にまたがる大規模な都市再生事業です。
この都市再生計画に世界中から超一流の建設クリエイターたちが集結し、ヘザウィック・スタジオは低層棟(C街区)のランドスケープデザインを担当しています。
従来の都市計画のようにオフィス、住宅、ホテルなどの施設ありきで設計するのではなく、施設の垣根を取り払って、人々の営みを起点にして都市計画を行いました。
この街では、「暮らす」「働く」「集う」「憩う」「学ぶ」「楽しむ」「遊ぶ」などの人々の営みがシームレスにつながり、人と自然の調和や人間同士の交流などから刺激を受けて創造的に生きられる新しい都市生活を目指しています。
また、このエリアは細長い高低差のある地形や古い木造家屋・ビルの密集地帯であったことから、万全な災害対策を実行できない課題を長年抱えていました。
都市再生事業を機に道路や公園などのインフラ整備や防犯・防災面などの都市機能を更新することで、このエリアが抱えていた長年の課題を総合的に解決しています。