【Archi Future 2022 独自取材①】AI技術を用いた設計手法とデジタルチームの作り方 | 高木 秀太氏(高木秀太事務所)

掲載日:

2022年10月28日に開催された「Archi Future 2022」は、建築分野におけるICTを活用した最新動向や最新ソリューションを紹介する展示会です。例年、建設業界の第一線で活躍する建築プレイヤーを招いて講演会やセミナーを行っています。

コロナ禍の影響で3年ぶりのリアル開催となったため、BuildApp News編集部も現地に赴き、注目度の高い講演会やセミナーを取材しました。第一線で活躍する建築プレイヤーの取り組みや業界の最新動向を全4回の連載にてお届けします。

第1回目は、建築家/プログラマーとして活躍する高木秀太事務所 代表 高木秀太氏が講師を務めた「AI技術を用いた設計手法とデジタルチームの作り方」です。都市計画や建築物などの設計にAIの活用を検討されている方は、ぜひ参考にしてみてください。

第一世代から第三世代までのAIの活用事例

AIが何か?」。現在この問いに対し、世界中の誰もが正確に答えることができないでしょう。その理由は「どの技術をAIと定義するか」を企業や団体、技術者などで見解が異なるからです。

今回のセミナーではNTTデータが定義した「広義のAI」に基づき、現在AIの技術には第一世代から第三世代まであることを解説。

■NTTデータが定義する広義のAI

出典:NTTデータ「人工知能(AI)とは」

ここからは、この定義を基に高木氏が携わったAIを活用したプロジェクトの事例を紹介します。

【第一世代】ルールベースAIを活用した公園の再開発

1990年頃に登場した第一世代のAIは、「ルールベースAI」といいます。人間がすべてのルールを考え、そのルールに基づきAIは処理を実行します。Park-PFI(公園設置管理制度)による公園の再開発プロジェクトにおいて、国内にある多数の公園の中から再開発すべき公園を選定するのに第一世代のAIを活用しました。

まずはAIに指示するルールを作成するにあたり「お母さんにとって魅力的な公園」「ランチが熱い公園」など、様々な項目で公園を細分化することから始めました。例えば「お母さんにとって魅力的な公園」であれば、「お母さん」というキーワードから連想できる「幼稚園」「スーパーマーケット」「カフェチェーン」などの住所をWebスレイピングという技術を使って、ネットワークから自動的に探すようAIに指示します。AIが収集した各施設の住所データは、自動的に地図にプロットされます。

その次にバッファ解析という手法を使って、地図にプロットされた点がそれぞれの公園半径2km以内にどれだけ入っているかを探すようAIに指示します。そうするとAIが自動で公園の半径2km以内にある施設の数を集計し、その結果から「お母さんにとって魅力的な公園」をランキングします。

その他にも「ランチが熱い公園」のランク付けを行うときは、Webスレイピングでご当地の食べログのランチ上位100件をAIに自動的に抽出させます。「インスタ映えする公園」を探すときは、Instagramで各公園のハッシュタグをAIが自動的に取得することで、インスタ映えする公園を点数化しました。

これらの作業をAIが担うことで、「ママ友が集まりやすい公園」「ランチが熱い」など、様々な評価軸ができて公園の複合的なランキング表が完成します。例えば公園23が「ママ友が集まる公園」という項目では77点と1位であっても、「ランチが熱い公園」では44点としかとれていなくて順位が低かったとします。この結果から「公園23の周りにママ友同士が利用する飲食店を導入したら再開発に成功するかもしれない」といった分析を人間ができるようになります。

【第二世代】機械学習によるパブリックトイレの自動設計

第二世代のAIは、2000年代に登場した「機械学習を取り入れたAI」です。コンピュータにサンプルとなるデータや統計・探索モデルを人間が与えることで、AI自身がルールや知識を学習し、新たなインプットデータについて判断してアウトプットします。

出典:LIXIL「A-SPEC」

LIXIL、AMDlabと高木秀太事務所の3社で共同開発した「A-SPEC」というパブリックトイレを自動設計する無料のクラウドサービスに第二世代のAIを活用しています。A-SPECでは「サイズ」「ドアの向き」「必要な機材」など入力フォームに用意された質問にユーザーが入力すると、それを基にAIが自分の頭で試行錯誤してトイレを設計します。さらに設計の長所や弱点をスコアリングシートで出力したり、3Dモデルや2Dの図面のファイルを提供したりしています。

第三世代】ファザードデザインの評価軸にディープラーニングを活用

第三世代のAIは、2010年以降に登場した「ディープラーニングを取り入れたAI」です。ニューラルネットワークと呼ばれる人間の脳みそを模した構造をコンピュータの中に構築することで、人間が介在したりルールを設定したりしなくても、自律的にルールや特徴などの概念を学習・判断してアウトプットすることができます。

沖電気の本庄工場H1棟のファザードデザインを決めるプロジェクトで第三世代のAIを活用しました。ファザードデザインの設計にあたり、沖電気から以下の要望をいただきました。

  • CLPという大きな木のパネルを前面に配置
  • 外からの日差しをなるべく遮りつつ、家側からの風景を阻害しないようパネルを配置
  • 少し角度のついた照明を当てたときに淡く揺らぐような動きをつけたい

第二世代のAIではこれらの要望を満たす計画書を作成することが困難であったため、ファザードデザインのサイズや配置などを決定する評価軸の1つに第三世代のAIを活用しました。本庄工場H1棟の敷地の現地らしさを第三世代のAIに学習させ、新しく計画したファザードデザインが現地のイメージにあった建物であるかを第三世代のAIに判断させるという試みです。

現地には美しいイチョウ並木があったため、Webスレイピングでインターネットから収集した「一般的なイチョウ」と「現地らしいイチョウ」の2種類の膨大な画像データを第三世代のAIに学習させました。その結果、人間が言語化できない「現地らしい風景」の獲得に成功しました。第三世代のAIが獲得したデータを含めて、様々な評価軸を基に沖電気の要望に合うファザードデザインを設計しました。

プロジェクトの成否は道具であるAIを使う人間次第

「AIはあくまでも道具に過ぎず、プロジェクトの成否はAIを使いこなす人やチームに左右される」と、高木氏は断言。その理由を第二世代のAIの事例で紹介したA-SPECのチームを例にして語ってくれました。

AIで実現できる「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」

A-SPECのチームは、「LIXILのノウハウと経験を活かした使い勝手のよいトイレ空間設計を、一緒に考えてサポートする」ことを目指しています。こうした思想からA-SPEC は、AIによるトイレ設計の完全自動化を目指すのではなく、選択したプランを視覚的にシミュレーションし、AIが設計したトイレの使い勝手をユーザー自身で確認してもらうことを目的としています。

実際、コンピュータができることは「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」の2つしかありません。「つくるしくみ」とは、「コンピュータが建物を作る人間をサポート」することでA-SPECの機能では「AIが自動でレイアウトを生成」することが該当します。「えらぶしくみ」とは、人間が作ったモデル設計案や実際の建物の状況をコンピュータが評価・点数化して比較できる状態にすることです。A-SPECの機能では「AIが生成したプランの根拠を提示」することが「えらぶしくみ」となります。

「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」をシステムに組み込んで、この2つを繰り返し行うことが重要であるという高木氏の考えをA-SPECのチームメンバーは尊重し、実践しています。AIを活用したプロジェクトでもユーザーの思想に沿った設計を行い、チームメンバー同士がお互いを優しく気遣うことで、相乗効果が生まれサービスに反映されています。

A-SPECが人情味あふれるプロジェクトである背景

A-SPECが、先端技術のAIを活用しながらも人情味あふれるプロジェクトとなった背景には、仕掛け人であるLIXIL 営業本部 設備プロジェクト営業部 スペースプランニンググループ 中村浩之氏と小松紀明氏の経歴が大きな影響を及ぼしています。二人とも現在は営業部に所属しているものの、中村氏は設計、小松氏はシステム開発の経験があります。エンジニア・セールス・デザイン・プランナーの役割を担える2人が「設計者を助けたい」という思いからA-SPECは始まっています。

LIXILのような企業がシステム開発を行うときは、専門業者に依頼してプログラムを納品してもらうことが一般的です。しかし、A-SPECのようなチームが実現したことで、LIXILから高木氏の事務所に「システムの内製化をしたいのでプログラミングの研修をしてほしい」という依頼が来たといいます。高木氏の事務所で行ったプログラミング研修の受講生には、LIXILの社内で公募したA-SPECのチームメンバーも含まれていました。彼は1年前までは地方の工場に勤める若手社員でした。しかし、そんな経歴を持つ彼が、今ではPythonというプログラム言語を使ってプログラミングが行えるようになり、A-SPECのシステム開発や内製化に貢献しております。

「人には適材適所があるため、全員がプログラマーになる必要はありませんが、プロジェクトの本質を理解し、目的の情報共有がしっかり行われていれば、後からでも必ず技術は習得できる」と、高木氏は話します。最後に高木氏は、AIはあくまでも道具に過ぎず、プロジェクトを立ち上げた背景や意義を確認したうえで、ユーザーの意向に寄り添っていくことの大切さを語って本セミナーを締めくくりました。