建築の「今」を未来に残す|吉匠建築工藝・吉川宗太朗が挑む、寺社仏閣建築×3Dスキャンの最前線(後編)

吉匠建築工藝が手がける「群拓」は、文化財の保存とデジタル技術の融合を可能にする新たな保存手法です。本編では、代表・吉川宗太朗氏が語る「群拓」に込めた想い、建築現場における3Dツールの実装、技術と文化を受け継ぐ後進へのメッセージをお聞きします。

目次
群拓の可能性と想い
―群拓は歴史的な建造物を回収、保全するだけでなく、最新の技術を使いつつも、楽しみを与えながら検証していく技術という点は前回お話いただきました。では、群拓の可能性や想いについてお聞かせください。
群拓(ぐんたく)は、3Dスキャンした建物の形状を墨の濃淡表現を加えて和紙に出力する記録手法です。いわば「建物の魚拓」といった位置付けで、現存する建築をそのまま視覚的に保存することを目的としています。
開発のきっかけは、古い図面資料を見た際の体験でした。図面の緻密さに驚くと同時に、「今の建物を後世に残す手段が十分か」と疑問を感じました。デジタルデータは便利であるものの、閲覧性や保存性の点で必ずしも優れているとはいえません。場合によっては、印刷物の方が結果的に残りやすい部分もあると感じています。
そのうえで、群拓は当初「建拓(けんたく)」と名付けていましたが、表現の強度を重視して、日本建築の3D測量会社であるT&I 3D㈱のCEO・上野拓氏と、同社CTOを務める吉川宗太朗が協議のうえ、「群拓」へと改めました。
そして、出力素材として和紙を選んだのは、福井県の大瀧神社との関わりが背景にあります。大瀧神社は「和紙の神」を祀る神社であり、偶然その現場を手掛けたことで「紙に意味を持たせる」視点を得ました。和紙は単なる印刷物よりも丁寧に扱われ、保存されやすい媒体です。
群拓は建築の姿を図面でも写真”でもなく、形そのものとして遺す手段として、物理的かつ文化的に残す価値を持つと考えています。
3Dツールの社会実装と可視化 。未来のためにSNSは普及と継承の起点となる
―3Dツールについて、吉川さんはどのような役割があり、普及にはどのような手段が役立つと考えられていますか?
3DスキャナやSketchUpなどのツールは、建築実務における精度向上・効率化だけでなく、「誰にどう伝えるか」という面でも大きな力を発揮します。とくに、SNSを通じた発信はその役割を担う重要な手段です。
たとえば、TikTokでは、施工現場やスキャンの工程を投稿した動画が10万回以上再生されたケースもあります。発信に力を入れ始めたのは最近であるものの、「SNSは今の時代における標準装備」だと考えています。かつてホームページが“あって当然“になったのと同様にSNSも業務活動の一部と捉えています。
発信を通じて、技術や職能に対する関心を喚起し、若手人材の獲得や業界外への理解促進につながると思っています。単なる広報ではなく、3D技術を社会に定着させるための視覚的普及ツールとして位置づけていますね。
今後は、YouTubeなども活用しながら、作図プロセスや点群編集の手順などを可視化し、3Dツールを扱う技術の「わかりやすさ」をさらに広げていく計画です。
展示会と今後の展望 。技術を「伝える力」が次代をつくる
―今後、群拓をどのように広げていく予定でしょうか?
アメリカ・韓国でのプロジェクトに続き、今後はヨーロッパ圏でも「デジタル×文化遺産」の在り方を提起していく予定です。
活動を通じて感じるのは、「優れた技術があっても、それをどう伝えるかが課題である」という点です。スキャンやモデリング、点群処理などは実務者にとっては高度である一方、興味を持ってもらうには“触れて楽しい”“見て面白い”という入り口が必要です。
私は普段の研修でも、「この曲線や構造は、実は単純な形の積み重ねなんだ」といった伝え方を意識しています。複雑に見えるプロダクトでも、要素を分解して見せることで、理解は一気に深まると思っています。3Dツール普及の鍵でもあると考えていますね。
技術と文化を受け継ぐ人材へ ― 文化の未来を築く人と共に
社寺仏閣という日本文化の象徴的領域を扱う者として、私たち吉匠建築工藝は、文化と技術の両面に真摯に向き合いながら、次の世代へと確かなかたちで受け継いでいくことを大切にしています。そして、近年では、群拓をはじめとする新たな挑戦も進めており、より創造的で柔軟な視点が求められる場面が増えてきました。
SNS発信の影響もあり、フランスからワーキングホリデーを利用した実習希望が届くなど、海外からの関心も広がっています。しかし、単純に人を集めることが目的ではありません。建築業界が価格競争に陥りやすい中にあっても、私たちはあくまで独自の価値観を貫き、文化的にも技術的にも価値のある営みを静かに確実に重ねていきたいと考えています。
「現場の最前線に立ち、実際に手を動かしながら思考を深め、文化の未来をともに築いていく――」そんな志を持つ仲間と出会えることを、私たちはいつも心のどこかで願っています。
最後に1つ、伝えたいメッセージとしては、以下のような意識を大事にしてほしいと思っています。
使わなきゃ始まらない。
動かなきゃ、成長も成果もついてこない。
まずは手を動かせ。
挑戦が未来をつくる
どんなに優れたツールや環境があっても使わなければ始まりません。実際に動いてこそ、世界は変わっていきます。
まとめ– BuildApp 編集部感想 –
吉川様は、日本建築という伝統的な技術を受け継ぎながら、グローバルな視点を持つ方でした。まずは、海外で群拓を発表するという行動力とその後に起こる流れを読む洞察力に感銘を受けました。
また、始終お話される吉川様が、愉しんでお仕事をされているのが伝わりエネルギーを頂きました。これからも群拓の発展と業界への浸透に期待できるでしょう。