建築の「今」を未来に残す|吉匠建築工藝・吉川宗太朗が挑む、寺社仏閣建築×3Dスキャンの最前線(前編)

吉匠建築工藝は、東郷神社や鹿島神宮、出雲大社といった数々の歴史的建造物の新築・改修を手掛けてきました。現場では、最新の3Dスキャン技術が活用され、伝統建築の保存と可視化が加速しています。
代表の吉川宗太朗氏は、宮大工の伝統に根ざしながらも、建築の“今”を100年後に残すため、「群拓(ぐんたく)」という新たなアプローチを形にしました。本記事では、吉川氏の試行錯誤、海外からの反響や戦略について伺います。
目次
プロフィール

吉川 宗太朗氏(株式会社 吉匠建築工藝 代表取締役社長)
東京都八王子市生まれ。
社寺建築や文化財建築、古民家の修復・再生などを手がける「株式会社 吉匠建築工藝」の代表取締役として、日本の伝統建築を現代に受け継ぐ仕事に従事。宮大工としての実務経験と確かな技術を持ち、木造建築の意匠・構造を深く理解した設計・施工を得意とする。
近年は、Nikon Trimble社の3Dレーザースキャナーを用いた高精度な点群測量を取り入れ、建築遺産の保存・継承に新たなアプローチを加えている。伝統とデジタル技術を融合させるその取り組みは、国内外の注目を集め、多くのメディアでも紹介されている。
また、日本建築の現況を正確に記録・保存するための3D図面「群拓」の制作にも力を注ぎ、後世に残すべき建物の姿をデータとして未来に伝える活動を推進。実際の建築現場に深く関わりながら、日本建築の価値を世界に伝えることを使命としている。

若狭 僚介 氏(nat株式会社)
神奈川県横浜市出身。青山学院大学社会情報学部卒業後、市場調査会社にて事業会社や広告代理店の様々なマーケティング業務に従事。
2022年1月にnat株式会社に参画。セールス部門、マーケティング部門の責任者を経験した後、現在は社長室にてScanatの事業推進を横断的に担当。
吉匠建築工藝の歴史と社寺建築にかける想い
-まずは、吉匠建築工藝の歴史や扱っている技術についてお聞かせください。
私は吉匠建築工藝の代表を務めている吉川宗太朗と申します。主な業務は、社寺建築をはじめとした日本建築の設計と施工です。業務効率化を意識して、日本の伝統建築でも3Dモデルを起こしたり、活用したりしていますね。
代表的な日本建築だと、東郷神社や鹿島神宮、出雲大社など、日本を代表する神社仏閣にも携わってきました。
吉匠建築工藝は父の代から続くもので、私は二代目です。創業からは55年ほど経っており、大工や職人は20名ほどです。日本建築に対する誇りと責任を持ちながら、文化的な価値を次世代に伝えることを意識しています。
令和5年には、父が文化庁から表彰を受けました。京都に移転後初の受賞だったそうで、長年の取り組みが少しでも形になったことを嬉しく思っています。

日本古来の木造建築を事業としつつ、3Dスキャナーを取り入れたきっかけ
-宮大工、寺社仏閣や新築の施工を行っているとお話を伺いました。分野だけでみれば、DXや3Dスキャン、デジタルツールは、一般の方が見るとつながりをイメージしにくいと思います。どのようなきっかけでふれるようになったのでしょうか?
今でこそ3Dスキャナーを活用していますが、そもそも私が3Dに触れたのは25年ほど前です。当時はまだ「マイホームデザイナー」という住宅向けのソフトが先駆けで、建築士である母に頼まれ、モデリングを行いました。それで、図面より立体で見せたほうが格段に伝わるという感覚を強く持ったんです。そこが原点でした。
その後、Blenderにも挑戦しました。無料で高機能なソフトではありますが、操作がかなり難しくて正直一度は挫折しました。そんなときに出会ったのが「SketchUp」です。本当に操作がシンプルで、直感的に立体をつくれる点が衝撃的でしたね。「これなら建築の現場でも活用できる」と確信して仕事に取り入れるようになりました。
最初は現場に行ってスケールで測って、それをPCに入れて…という手間のかかる方法だったんです。そこでもっと効率的な方法はないかと調べていく中で、3Dスキャナーの存在を知りました。本格的に興味を持ったのは5年前くらいで、日本トリンブルの3Dスキャンから活用し始めました。
-実際、業務で使うとなると、具体的にはどういったところで使用されていますか?
新築でも改修でも使っています。改修での活用が多いと思われがちですが、新築の現場でも有効です。新築では、建物が建つ予定の場所をスキャンして、そこに自分たちの考えたプランを3Dモデルとして重ねれば「建った後の姿」が立体でイメージ可能です。そのため、プレゼンも説得力が増します。
また、施主の方から「ここをこうしたいんです」とか「もっと開放感を出したい」など の要望があったうえで、図面を読み慣れていない方でも「あ、こうなるんだ」とすぐに理解できるため、打ち合わせがスムーズになりますね。
-改修では使い方が異なるのでしょうか?
改修のときは、既存の建物を屋根裏から床下までまるごとスキャンします。スキャンしたデータは「点群データ」という形で3Dデータ化できるため、平行投影し、断面を切れば、いま建っている状態をそのまま図面として出力可能です。
昔の建物は、図面がなかったり、実際と寸法がズレてたりすることが多いんです。しかし、スキャンすれば現状を正確に把握でき、積算や改修案の検討もスムーズに実施できます。
また、点群データの上に直接線を引いて、「ここをこう変えよう」って書き込みながらプランを進められるため、施主や職人とも同じものを見て話が可能です。共通認識を作り、早く行動できる点が大きな武器になっていますね。
-3Dツールを使っている社寺建築の会社は他にもあるのでしょうか?
実際のところ、吉匠建築工藝のような使い方をしている会社は、あまりないですね。自分が一緒にやっている仲間たちには教えてるため、その範囲では導入も進んでいます。しかし、それ以外の会社は、業務の全体にここまで3Dを組み込んでいるところは少ないと思います。
スキャンはできても、データをどう活かすかが不明であるケースが多く、設計・積算・プレゼンにつなげている例は、まだ限られてる印象です。そのうえで、今後は増加していくと思っているため、入り口になれたらと思って発信を続けてます。
-群拓の具体的な活用方法としては、どのような取り組みをされてきたのでしょうか。
継続して日本中の国宝、重要文化財等を3Dスキャナーで記録しています。屋根裏の構造や軒の出、複雑な梁組など、目視や写真だけでは到底再現できないような部分も点群データとして精密に取得できます。
とくに日本建築は部材の曲がりや木組のクセが強いので、スキャン精度が重要になります。私たちは、その後のスキャンから3Dモデリングまでを行いながら、文化財の構造を正確に再現する取り組みなども推進し、実行していますね。
群拓は単に立体をプリントするのではなく、「今ある姿を残す」ための技術です。国宝や重要文化財のような建築では、改修の際に「前回の形がどうだったか」を検証する資料が重要になります。群拓(ぐんたく)は、そのベースとなる“現況保存図”としての役割を果たします。
とくに国宝や重要文化財のような木造文化財は、時間とともに必ず変化していくものです。その「変化する前の状態」を高精度で残しておくことが、後世に対する責任でもあると思っています。
群拓を設計に使えるレベルに落とし込むまでの試行錯誤
-実際に3Dスキャンを現場に取り入れるまでには、技術的にも運用的にも試行錯誤があったのではないかと思います。
そうですね。建築業の中でも社寺建築の世界では、「図面は手で描く」「現場は足で測る」が当たり前という風土が根強くあります。そのため、スキャナーを持ち込むハードルは高いと感じます。
私が最初にスキャン技術に関心を持ったのは10年以上前ですが、当時は民間で扱える機材も少なく、価格も操作性も現実的ではありませんでした。しかし、手で測って図面を描くという作業の限界はずっと感じており、何とか効率化できる方法を探していました。
-具体的には、どのような部分で苦労されたのですか?
一番のハードルは、「スキャンした点群データをどう使うか」でした。データは取れても、それをどう建築図面に落とし込むか」という点です。CADとの連携や処理スピード、データの重さなどが課題でした。
最初はスペックの低いPCで扱っていたため、PCが止まったり、表示が崩れたりといった事態が続きましたね。正直、導入初期は高性能な測量器としてしか使えなかったです。
そのため、実務で使えるレベルに落とし込むには、スキャンの精度だけでなく、点群の「整理」と「変換」のプロセスを確立する必要がありました。最終的にAutoCADやSketchUp、JwwCADに落とし込むようになってから、ようやく「設計に活かせる」という感触を得られましたね。
-現場の反応はいかがでしたか?
最初は、「そんなもの使ってどうするの?」という空気もありました。ただし、可視化したものを実際に見てもらうと、一気に反応が変わりました。実際にモデルをみせると、「これなら一発で分かる」「図面より理解が早い」といった反応が多く、形で伝える大切さを感じました。
技術の精度や効率だけではなく、「どれだけ共通認識を早く持つか」ということが3Dスキャンを導入する意義だと今は考えています。
群拓でアートと技術の両立を。世界へ向けた発信と評価
―群拓について海外で先に発表したのは、何かしら狙いがあったのでしょうか?
群拓を最初に発表したのは、日本ではなくアメリカ・ラスベガスで開催されたTrimble Dimensionsでの登壇のときでした。海外の方から「これはアートだ」といった声をたくさんいただきました。日本建築に対する評価が高い海外だからこそ、「まずはそちらで反応を見たかった」という戦略的な狙いもあったんです。
結果として、「Beautiful」「Fantastic」といった反応が非常に多く寄せられ、現地での評価は想像以上のものでした。こうしたリアクションを受けて、「この文化財記録の方法は、アートとしても通用する」という確信が強まりました。
その後は韓国にも渡航し、現地での点群生成も行いました。対象は、日本でいう京都御所に相当するような伝統建築群です。これは、今後とても面白いプロジェクトになっていくと思います。
日本ではどうしても、文化財の保存や伝統工芸といった文脈に留まりがちです。そのうえで、群拓はデジタル×アナログという融合の中で、文化財の“今”を物理的に未来へ残す新しい手段になり得ると考えています。
私は群拓を「タイムカプセル」と捉えています。将来的に建物が姿を変えたり失われたりしたとしても、この群拓によって「この時代にこの形で存在していたという証を、100年後にも伝えることができる」その価値は、時間を経るごとに増していくはずです。
―ここまで吉川氏に吉匠建築工藝と群拓への想い、戦略的なリリースについて伺いました。後編では、群拓への想いや吉匠建築工藝としての3Dツールの未来展開などについてお聞きします。