竹中工務店とNIMS、高層建築向け新型制振ダンパー開発 従来比7~10倍の疲労寿命

株式会社竹中工務店と国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)は、高層建築物を巨大地震から保護する新型制振部材の開発に成功しました。「H形断面ブレース型FMS合金制振ダンパー」と名付けられたこの技術は、長周期・長時間にわたる地震の揺れに対して高い効果を発揮します。
両機関は12月3日、この開発成果を正式に発表しました。新しいダンパーは、現在建設が進められている長瀬産業株式会社の東京本社ビル(東京都中央区、2026年6月完成予定)において、実際の建築物への採用第1号となります。
製作プロセスの簡略化を実現
今回開発されたダンパーの最大の特長は、その構造のシンプルさにあります。FMS合金(Fe-Mn-Si系合金)で作られたH形断面の中心部材を、補強用の鋼管で包み込むという基本構成を採用しています。
FMS合金は、鉄を主成分としてマンガンやケイ素を高濃度で配合した特殊な合金です。形状記憶特性と優れた疲労耐久性を併せ持つこの材料は、2022年に国土交通大臣の認定を受けた指定建築材料として、すでに建築分野での使用が認められています。
開発チームは、このFMS合金の疲労特性を最大限に引き出すための溶接条件を詳細に検討しました。その結果、特別な製造設備を必要とせず、通常の鉄骨製作工場でも生産できる条件範囲を確立することに成功しています。
従来製品と同等の性能を維持
新型ダンパーは、2023年に開発された「十字断面ブレース型」と比較して、地震エネルギーを吸収する能力においては同等の水準を保持しています。しかし、部材の構成を簡素化したことで、製造工程の効率化と生産性の向上を同時に達成しました。
段階的な技術開発の成果
竹中工務店とNIMSは、淡路マテリア株式会社などの協力企業とともに、FMS合金を活用したブレース型制振ダンパーの開発を長期にわたって進めてきました。
開発の経過は以下の通りです。
・2019年には、平らな板状の芯材をモルタルと鋼管で補強する「平鋼断面ブレース型」を完成させました
・2023年には、エネルギー吸収能力を約2倍に向上させた「十字断面ブレース型」の開発に成功しています
・2025年、製作効率と汎用性をさらに高めた「H形断面ブレース型」が誕生しました
圧倒的な疲労寿命を実現
開発された新型ダンパーは、従来の一般的な鋼材ダンパーと比較して、約7倍から10倍という圧倒的に長い疲労寿命を持っています。この数値は、日本建築学会が示す鋼構造制振設計指針の基準に基づいて算出されたものです。
FMS合金製の芯材は、疲労耐久性を考慮し専用溶接材料でH形断面に溶接組み立てられます。この芯材は、ひずみ硬化により変形時にひずみを分散し、局所的なひずみ集中による疲労き裂の進展を抑制します。そのため、シンプルな座屈補剛の構成でも優れた疲労寿命を発揮できます。
開発における役割分担
今回のプロジェクトでは、両機関がそれぞれの専門性を生かして開発を進めました。
竹中工務店は、ダンパーの芯材と補強鋼管の最適な設計を担当し、構造性能の評価を実施しました。疲労試験では、開発した材料が持つ優れた耐疲労性能と良好な変形性能を確認しています。
一方、NIMSは材料科学の観点から、FMS合金の耐疲労性能を最大限に引き出すための研究を行いました。専用溶接材料である溶接ワイヤを用いた最適な溶接条件の範囲を設定し、製造プロセスの標準化に貢献しています。
実建築物での活用事例
長瀬産業東京本社ビルは、地上14階建て、高さ62.95メートルの制振構造を採用した建築物です。大規模地震が発生した場合でも業務を継続できる高い安全性を確保するため、複数の制振技術を組み合わせた設計となっています。
建物には、今回開発された新型ダンパー18基に加えて、粘性ダンパーなども各階に配置されています。これらの制振装置は、執務スペースをできるだけ広く確保できるよう、コンパクトな設置面積で最大の制振効果が得られるように配慮されています。
建物の概要は以下の通りです。
・建築主:長瀬産業株式会社
・所在地:東京都中央区日本橋小舟町
・延床面積:26,218.86平方メートル
・用途:本社事務所
・構造:鉄骨造、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造
・規模:地下2階、地上14階
・設計・施工:株式会社竹中工務店
・完成予定:2026年6月
今後の展望
この技術の汎用性向上により、様々な規模や用途の建築物への適用が容易になりました。大地震発生時における建物の安全性確保と事業継続性の向上に、より広範囲で貢献することが期待されています。
出典情報
株式会社竹中工務店リリース,製作効率化と汎用性の向上を実現した新タイプのFMS合金制振ダンパーを開発 長瀬産業東京本社ビルに初適用,https://www.takenaka.co.jp/news/2025/12/02/