本格始動したi-Construction 2.0の行方を探る|自動化・遠隔化技術によって建設現場はリジェネレートされるか?

2025年、建設業界は変革期の岐路に立っている。人口減少による労働力不足、そして持続可能な社会インフラの構築、過酷な建設現場環境の改善、働き方改革への対応といった課題が山積する中、国土交通省は「i-Construction 2.0(以下、2.0)」や「宇宙建設革新プロジェクト」を通じて、自動施工・遠隔施工技術を軸に建設現場をリジェネレートする挑戦を続けている。この挑戦は、単なる技術開発にとどまらず、建設業の働き方、生産性、そして社会への貢献のあり方を根本から見直す試みだ。
本記事では、国土交通省 大臣官房 技術調査課 参事官(イノベーション)グループ 施工自動化企画官の菊田一行氏へのインタビューをもとに、建設自動化の現在地とその未来像を探る。菊田氏は2025年4月に現職に就任し、2.0や宇宙建設革新プロジェクトの推進を担うキーパーソンだ。自動施工や遠隔施工によって、建設現場はリジェネレートされるのか?本記事では、菊田氏へのインタビューをもとに、その行方を探った。
建設現場の自動化と省人化に向け本格始動へ
i-Construction2.0とはなにか?
2.0は、2016年に始まったi-Construction(以下、1.0)の進化形として、2024年4月に公表された、国土交通省が進めるインフラDXの核となるビジョンだ。1.0が3次元データやICT(情報通信技術)を活用した施工の標準化と生産性向上に焦点を当てていたのに対し、2.0では省人化をキーワードとして自動施工、遠隔施工、そしてデータ活用による最適化を軸とするICT施工StageⅡを柱に、建設現場のさらなる効率化と安全性の向上を目指す。
菊田氏は2.0のコンセプトについてこう説明する。「ICT施工を前提に、現場全体の最適化を図るのが2.0の特徴です。自動施工や遠隔施工を導入することで、作業員の負担を軽減し、生産性を飛躍的に向上させることが目標です。また、ICT施工StageⅡによる施工データを活用したダンプトラックの運行最適化や施工計画シミュレーションを通じて、コスト削減と工期短縮を実現しようとしています」。
山岳トンネル試行工事からベストプラクティスの積み上げを
2.0の推進において、国土交通省は直轄事業での自動施工の実証実験を加速させている。2024年度時点で、成瀬ダム建設事業(東北地方整備局)や霞ヶ浦導水事業(関東地方整備局)など、少なくとも4件以上の現場で自動施工が実施されている。さらに、山岳トンネル工事における自動化の試行工事の発注も予定されており、ベストプラクティスの積み上げが確実に進んでいる。
国土交通省は、2025年6月に公表したプレスリリース(山岳トンネルの省人化施工に関する試行工事)で、4つの直轄工事において自動施工技術を活用した省人化施工の入札手続きを開始すると発表した。これらの工事では、技術向上提案テーマを設定し、施工業者が自動施工や遠隔施工技術を活用した効率的な施工方法を提案する形が採用されている。
菊田氏はこの取り組みについて、「トンネル工事は労働環境が厳しく、高齢化や熟練者不足が顕著です。自動施工技術を導入することで、作業員の安全を確保しつつ、施工の効率化を図るのが狙いです。」と語る。この試行工事は、自動施工の技術的検証だけでなく、新たな発注方式を活用するものであり、今後のトンネル工事の自動化の標準化に向けた重要なステップとなる。
中小建設会社でもICT施工の効果は?
十数人規模の施工業者でもICT施工を導入した結果、作業員の負担軽減と工期短縮を実現したケースも報告されている。「一度導入すると、作業が楽になり、効率が上がるため、元に戻れないという声が多い」と語る。
ただし、「直轄事業ではICT施工がほぼ標準化されていますが、都道府県発注の工事では実施件数は着実に増えているものの、まだ普及率が2〜3割程度にとどまる地域もあります。発注者と施工業者の意識改革が不可欠です」と指摘する。特に中小の建設業者がICT施工を導入する際のイニシャルコストやノウハウ不足が課題として浮上している。
標準化と人材育成:自動化の基盤をどう築くか
自動施工の普及には、技術の標準化と人材育成が欠かせない。菊田氏は、自動施工システムの運用を担う「コーディネーター」の育成や、施工計画を最適化するシミュレーターの開発を進めていると明かす。
「大手ゼネコンは独自の自動化システムを構築していますが、中小企業が参入しやすいように、標準的なシミュレーターやデータベースを整備しようとしています。施工業者が自社の現場に合わせて効率的な施工計画を立てられるよう支援するのが目標です」と説明する。
宇宙建設革新プロジェクト:月面建設への挑戦
月面での建設:ムーンショットの夢と現実
2.0が地上の課題に取り組む一方、菊田氏が担当するもう一つの柱が「宇宙建設革新プロジェクト」だ。2021年度にスタートしたこのプロジェクトは、月面での長期滞在拠点建設を視野に、建設機械の自動化や遠隔操作技術の開発を進めている。NASAのアルテミス計画やJAXAの有人月面探査構想と連携し、2030年代の月面拠点建設を目指す壮大な試みだ。
当初、2025年度までの実用化を目指していたが、基盤技術開発の期間が2026年度まで延長された。「国際間で協力して設定している月面探査ロードマップがより具体的に変更されており、それに伴う計画変更から研究スケジュールを1年延長しました。それでも、月面対応の建設機械やデジタルシミュレーション技術の開発は着実に進んでいます」と語る。
コマツ:月面建設のためのデジタルツイン研究&プロトタイプ開発
プロジェクトのメンバーの一員である小松製作所は、月面環境に適した建設機械の開発を進めている。月面では、重力の違いや極端な環境条件により、地上の機械をそのまま使用することはできない。そのため、不要な機能を削ぎ落とし、自動化・遠隔化に最適化した機械の設計が求められる。
「コマツはデジタル技術を活用したシミュレーターを開発し、月面での掘削試験を見据えた地盤特性の把握にも取り組んでいます。2025年度は施工シミュレーションを行い、宇宙環境に適応するための掘削試験機の部品改良にも取り組んでいます」と説明する。これらの技術は、月面での土木工事だけでなく、地上の自動施工にも応用可能な「デュアルユース」を目指している。
デュアルユース:宇宙技術の地上への還元
宇宙建設革新プロジェクトのもう一つの目標は、開発した技術を地上の建設現場に還元することだ。たとえば、清水建設が宇宙建設革新プロジェクトとして研究開発に取り組んだ自動ブルドーザーは、商品化が予定されている。また、月面での資材運搬技術は、災害現場での遠隔操作型建設機械に応用可能だ。「宇宙での技術開発は、極限環境での信頼性や効率性を追求するため、地上の建設技術の革新にも直結します。自動施工や遠隔施工のノウハウは、2.0の推進にも大きく寄与するでしょう」と可能性を語る。
課題と未来:自動化の普及をどう加速するか
コストとインセンティブ:中小企業の積極導入をどう促すか
2.0の成功は、中小建設業者の参入も欠かせない。しかし、自動施工や遠隔施工のシ ステム導入にはイニシャルコストや通信費用、サブスクリプション費用がかかる。「特に遠隔施工は、システムのサブスク代や初期投資のコストが重くのしかかり、国による費用負担がなければ普及拡大は難しい」と認める。
この課題に対し、国土交通省は、インセンティブも検討中だ。「システムの普及が進むことでコストが下がることを期待しています。施工業者が利益を実感できる環境を整えることが重要です」と言う。経済産業省でも、省力化投資補助金の対象にICT建設機械を追加するなど、側面支援が実施されている。
業界の反応と意識改革
菊田氏は、業界内の反応について手ごたえを感じている。「ICT施工を導入した中小企業からは、『作業が楽になり、工期が短縮できた』という声が聞こえます。一度導入すれば、そのメリットを実感して継続する企業が多いです。」特に、3次元設計や3次元測量を活用した施工は、作業の可視化と効率化に大きく貢献している。
一方で、発注者側の意識改革も急務だ。「一部の自治体では、ICT施工の事例集を独自に作成し、発注方式をカスタマイズしています。こうした先進的な取り組みを横展開することで、リテラシーの向上を図りたい」と語る。6月27日に開催したICT導入協議会では、発注者と施工者の双方のメリットを共有しており、さらなる普及を促す計画だ。
自動機械がエリア外に出ないようにするなどの安全管理ルールづくり
自動施工の普及には、安全に関するルールの整備も不可欠だ。2024年3月に策定し2025年3月に改定した「自動施工における安全ルール」では、自動機械が稼働するエリアを明確に区分し、人の立ち入りを制限するルールや、異常動作を監視するシステムについても言及している。「例えば、自動機械が決まったエリア外に出ないよう制御する仕組みや、センサーで異常を検知するルールについて言及しています。これにより、安全性を確保しつつ、自動施工の導入が進んだ先に、施工が効率化できます」と説明する。
さらに、厚生労働省と連携し、労働安全衛生法に基づく規制の見直しも予定されている。「遠隔施工では、現状の関係法令では現場での解釈に困ってしまう場合があります。必要なルールは新たに整備し、不要な規制は緩和することで、施工業者の負担を軽減したい」と意気込む。
2.0は建設現場を次のステージへ引き上げる起爆剤となるか
菊田氏のインタビューを通じて、2.0と宇宙建設革新プロジェクトが、建設業界の未来を切り開くための大胆な一歩であることが明らかになった。自動化・遠隔化技術の導入は、労働力不足や過酷な現場環境といった課題を解決するだけでなく、月面建設という人類の夢を現実に近づける可能性を秘めている。
「施工業者には、一歩踏み出して新たな技術に挑戦してほしい。発注者には、ICT施工のメリットを理解し、積極的に導入を進めてほしい」と訴える。事例集の公表や研修の拡充を通じて、国土交通省は業界全体の意識改革を後押しする構えだ。
建設業界は今、地上と宇宙の両方で新たなフロンティアに挑んでいる。2.0と宇宙建設革新プロジェクトがもたらす変革は、建設現場を次のステージへ引き上げる起爆剤となるだろう。